狐の嫁入り

 昔、昔、河内の国の佐太村には大きな屋敷の名家が二軒も在った。東家と西家で有る。東家は手広く商売をし大層な繁盛振りで、幾つもの倉が建った。一方の西家は旱魃で農民の嘆きを見かねて私財を投げ打って灌漑用の樋を造った事がお上の逆鱗に触れ川の水利権を没収され自慢の三重連の水車が動かせずで有った。栄枯盛衰は世の常、かっての敷石は砂礫に戻って仕舞った。両家とも世継に困って居った。東家には一人金太郎の様に元気な世継は居ったが娘で有った。西家は子宝に恵まれたが母親は六郎を生んで産後の肥立がかんばしからず亡くなった。その六郎丈がろくでなしで有った。長男も仕事にも就けず肥担桶を担いで居った 気だるい様に暑い夏の日の午后、蓮田の近くで或る珍事が起こった。黒いこって牛が川向こうで暴れ廻って居った、其の狂牛が何を思ったか小川の古柱の小橋を渉って道子に襲って来た。道子は蓮田に嵌って仕舞い溺れて死にかけて居った所をろくでなしの六郎に助けられたので有った。川で二人が沐浴をして入ると石橋を渉った日傘を差した美人の芸者の駒子に見つかって仕舞った。
「二人ともこんな所で如何したん、どつぼにでも嵌って仕舞うたんか、どつぼに嵌ったら名前を変えなあかんのえ」「もうどうせついでに夫婦に成って仕舞い」「あんな事言ってるで、夫婦に成れてやて、如何する」「わてが二人ものややを産むやんて恥ずかしい」「二人では勘定が合わぬ、三人やで」「雨や空を見よし日が射して居るのに狐の嫁入りやで」蓮田では見事な蓮の華が咲乱れて居た。狂牛は雌牛を見て直ぐに正気に戻った。道子は何を勘違いしたのか、母者に無理言って饅頭を蒸かしてもらい、名前を道子から蓮華に勝手に替えて仕舞い、村中に饅頭を配って廻った。村人は美味しそうな饅頭を貰って置き乍何故か誰もが失笑して仕舞った。
 何年か経って。ろくでなしの六郎も学問を納め立派な若者に成長したが、蓮華は子供の儘で有ったが盛りが憑いた。天満宮の境内で悪童を集めては御三度の手伝いもせずに遊びほおけて居った。
「なあ御主人、神様に何度も願い事をなされて居る様だが、奥方の病はそんなに重いのか」「病気は治ったが子が出来ぬ、どうしても跡取りが欲しいのじゃ」
「あの病弱の奥方では元気な子は産めぬ。難産で二人とも失う事に成るえ」
「そこで相談じゃがのわてが奥方の代わりに子を生んでさしあげようか」
「天神さまの境内で罰当たりな事を吐かし居って阿呆」突然拳骨が飛んで来た。代神の貸し腹の噂は村中に広まった。不信に思った母者は蓮華の机の引き出しの帳面を観て仰天して仕舞った。他家の奥方の月の日迄事細かに書いてあった。
「蓮華、こっれはなんじゃ、代神の貸し腹とはお前のことであったか」
「お母上さま罰は甘んじて受けまするが手を挙げられるのはご容赦願います」
「最早、私は一人身ではございませぬ」「もったいなや、我がお腹には神様の授かりもののややが」『何、何と言う恥曝しな、未だ結婚もしていないのにややを授かるなんて」「出来てしもうたものは仕方がなか、西家のろくでなしの六郎でも構わぬわ、早よう婿に来てもらえ」
「父上は旱魃の時、農民の苦労をみかねて私財を投げ打って樋をつくられて以来ズート尊敬しておりましたが今回は何故彼の様な貸し腹の散り蓮華なんかと」
「恥ずかしい話じゃが我が家の台所は火の車、あの時借りた借金が未だ返しきれて居ない、断わりきれぬ事情が有る」「病の婆の事を考えたら此の家を出る訳にも行かぬ」「そちらは幼馴染でないか」
 或る吉日に二人は近くの佐太天満宮で婚礼を上げる事にした。生憎の天気で有った。日が差しているのに雨が降ったりで有る。俗に言う狐の嫁入りで有った。「花婿は西家の六郎様じゃが花嫁は誰ですかいなあんな別嬪ついと見た事無い」「まさか、まさか彼の貸し腹の散り蓮華」「これ、言葉を慎みなされ」 つづく        窓の灯り 佐太は未だ寝ぬ 時雨かな  蕪村       






            2014−08−21−583−01−01−OSAKA  


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