軒下の貧乏神 昔、昔、河内の国の佐太村の名家に天女の様な別嬪の一人娘が居ったそうな。「こら、乞食坊主、仏門に仕える身で他家の門前で尿を放くとは、成吉思汗にでも成った積もりか、仏罰を懼れぬのか、袈裟の汚れとは此の事じゃ」「儂は釈迦の門徒では無い、神じゃ、雨の夜の野宿は余りに酷い、暫し軒下を貸して貰いたい」「わても福の神じゃ、だが他家の門前では憚って洟も擤まぬぞ、人はわての後ろ姿しか見ぬのでわての美顔を拝した者は一人も居無いがな、幸福の女神も辛いのう」「おんどれ、何故笑う、女子を馬鹿にして居るな、釈迦も孔子も孟子も華蛇も厩戸も誰が生んだと思って居るのじゃ、阿呆」御坊に負けじと下女は法螺を吹いた。「此れ、門前で何を揉めて居る、見っとも無い」「一美御嬢様、此の餓鬼が軒下を貸せと吐かし居りますので叱って居った所です」「此れ言葉を慎みなされ、神代」「其方が当家の娘か、なかなかの別嬪じゃのう天乙貴人の相が見受けられる、女人の身で位人身を極める福徳が宿って居る」「御坊は女人の運命は見えても国法の間違いには盲か、瓦版から袖の下でも貰って居るのか」 「昨日の御坊はもう御発ちに成られましたか」「彼の乞食坊主め、さっき厠を借りたいと吐かしおりましたので、其の辺でされても困りますので仕方無しに行かせましたが其の内きっと厨房を貸せと言い出よります、厨房を貸すと今度は寝間を貸してくれと吐かします。寝間を貸すと今度は湯殿を使わせと言い出します、湯殿を使わすと今度は、きっと御嬢様の寝所に忍び込んで、悪さをしよります、そして生娘の御嬢様がややを産む事に」「軒下を貸したら生娘がややを産むか、似たような諺に、風が吹けば桶屋が儲かる」「御嬢様たら朝から何を寝呆けた事を仰る、其れも言うなら庇を貸して母屋を取られるでしょうが」何日か経って。「もし、貧乏神様、いや厄病神様だったかな、海苔で包んだ美味しい鮭の御握り二つと洗い清めた下帯の替え一条を恵んで上げるから出て行っては貰えぬものかな」「当家の娘の顔に御母堂に成る相が」「こら、何を吐かすか。御嬢様は生娘ぞ縁談も無いし、御嬢様に悪さする様な男は御前丈じゃ阿呆」或る日の深夜の事「道に迷うて難儀をして居る、一夜の宿を所望したい」「もう夜も更けて居ります、今宵は主夫婦が留守ですので外を当たって見て下され」「もし、如何かなされましたか」若武者は熱病で倒れた。娘の看病の御蔭で熱は下がったので有った「阿呆、呆け、粕、間抜け、恩知らず、恥知らず、命の恩人を手篭めに為るとは人で無し、鬼畜」「立派な身形じゃけんさぞかし名の有る家の御曹司かと思ったら、とんだ放蕩息子で有ったか」「あんな悪さをしでかして置いて失念したととんだ厄病神じゃ呆れ返って開いた口が塞がらぬわ」「どちらへ参られる」「小用を催した、もう我慢が出来ぬ、尿を放いて居る間に詫びも言わずに逃げ帰るで無いぞ」「御女中の御前が何故泪を流す、そなたを見ているとズート前から夫婦で有るかの様な変な気に成った、此の際ついでに夫婦に成って仕舞う事が出来ますまいか、そちの名は何と申す」「ええー」「此れで泪を拭きおし、洟も擤みおし」娘は刺繍の施した綺麗な手巾で洟も擤んで仕舞った「こら、おんどれ、何をさらしてけつかる」「立派な身形の若武者がこんな下品な事又さらすか、恥ずかしくは無いのんか、軒下に居座った飲んだくれの貧乏神と余り変わらぬのお」「何と当家には神様が御滞在中か、是非とも御会いして教えを乞いたい事が山程有る御女中の御前早よう案内せい」「ええ、今直ぐに」 貧乏神も厄病神も居無く成って平穏な毎日が続いて居たが娘にややが出来た。「申し訳有りません。済みません、私の命に代えても彼の男めを探し出して見せます、身形からして、京の公家衆の縁者かと、御所に私の知り合いが居ります」「携帯薬を探したときに確か家紋付きの印籠を所持されて居られましたが」 「真逆、葵の御紋では」「確か丸に抱き茗荷で有ったが」「其れならば旦那様に調べて頂いたら直きに放蕩息子の名も屋敷も分かりますでしょう」或る日の事。「難儀な事に成った」「御前様如何なされました」「若殿の妃撰びが始まった」「村一番の美人の生娘を召しだせと言うきつい御達しじゃ」「そんなの、私困ります、私には既に言い交わした男が」「何で御前が困る」「困りましたな、金の草鞋を履いて探さねばな」「私めが御嬢様の代わりに人身御供に成ります、此の頃御嬢様は御腹の具合が悪いもので」「何と下痢をして居るのか、其れは大変」何日か経った或る吉日、下女は駕籠に乗って娘を引き連れて御城に召し出された「此れ乞食坊主、貧乏神の御前が何故此処に居るのじゃ阿呆」「本日は大儀」「こら、放蕩息子、厄病神のおんどれ、到頭見つけた観念せい」「此れ、若殿に無礼で有るぞ控えよ」「嗚呼」「此れ御女中如何致したのじゃ」「一寸御不浄に」 2014−08−20−582−01−01−OSAKA |
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