老人と海


  『老人と海』(The Old Man and the Sea) は、アメリカの作家アーネスト・ヘミングウェイによる短編小説。1951年に書かれ、1952年に出版された。世界的なベストセラーであり、1954年のノーベル文学賞受賞作とされることもある[1]。



 キューバの老漁師サンチャゴは、助手の少年と小さな帆かけ舟でメキシコ湾の沖に出て、一本釣りで大型魚を獲って暮らしを立てている。あるとき数ヶ月にわたり一匹も釣れない不漁が続き、少年は両親から、別の船に乗ることを命じられる。助手なしの一人で沖に出たサンチャゴの針に、巨大なカジキが食いついた。
 サンチャゴは魚のかかった糸を素手であやつり、獲物が弱るのを忍耐強く待ちながら、むかし船員だった若い頃にアフリカの岸辺で見たライオンの群れのこと、力自慢の黒人と演じた一晩がかりの腕相撲勝負のことなど、過ぎた昔のことをとりとめもなく思い出す。4日にわたる孤独な死闘ののち、サンチャゴはカジキを仕留めるが、獲物が大きすぎて舟に引き上げられず、横に縛りつけて港へ戻ることにした。しかし、傷ついた魚から流れる血の臭いにつられ、サンチャゴの舟はアオザメの群れに追跡される。
 舟に結びつけたカジキを執拗に襲い、肉を食いちぎるサメの群れと、サンチャゴは必死に闘う。しかし鮫がカジキに食いつき、サンチャゴが鮫を突き殺すたび、新しく流れだす血がより多くの鮫を惹きつけ、カジキの体は次第に喰いちぎられていく。望みのない戦いを繰り返しながら老人は考える。人間は殺されることはある、しかし、敗北するようにはできていないのだ。
 ようやく漁港にたどりついたとき、仕留めたカジキは鮫に食い尽くされ、巨大な骸骨になっていた。港に帰ってきたサンチャゴの舟と、横のカジキの残骸を見た助手の少年が粗末なサンチャゴの小屋にやってきたとき、老人は古新聞を敷いたベッドで眠っていた。老人はライオンの夢を見ていた。


                  老人と海 1958年の映画

 「武器よさらば」「陽はまた昇る」の原作者アーネスト・ヘミングウェイの、1952年に書かれた小説の映画化。監督は「OK牧場の決斗」「ゴーストタウンの決斗」のジョン・スタージェス。「陽はまた昇る」のピーター・ヴィアテルの脚本を、「成功の甘き香り」のジェームズ・ウォン・ホウが撮影した。音楽はディミトリ・ティオムキン。海上における老人と1匹の魚の闘争の物語という異色の構成は、キューバのコヒマル湾一帯に2ヵ月のロケを行なって撮影され、ヘミングウェイ自らも助言を与えた。演技者は「山」「東京上空三十秒」のスペンサー・トレイシーと、現地少年フェリペ・パゾスの2人のみが主要な役を演じる。製作リーランド・ヘイワード。上映時間87分。



 彼(スペンサー・トレイシー)は年をとっていた。メキシコ湾流に小船を浮かべ、魚をとる漁師だ。しかし、もう84日も1匹も釣れない日が続いている。はじめは少年(フェリペ・パゾス)がついていたが、不漁が続くので親のいいつけで別のボートに乗り組んでしまった。海と同じ色をたたえた瞳、やせこけた手足、深い皺の刻みこまれた首筋、彼の舟の帆そっくりにつぎはぎだらけのシャツ。しかし少年は老人が好きだ。5つの時生まれてはじめて漁につれていってくれたのは彼だった。お爺さんは世界一の漁師だと少年は考える。一緒に漁には行けないかわり、明日の餌にする鰯や、今夜の晩ご飯を揃えてやろう。少年が帰ってしまうと老人はすぐ眠りにおちた。アフリカの夢を見る。この頃は毎晩だ。もう昔のように暴風雨や、女のことや、死んだ妻の夢は見ない。輝く砂浜、白い海岸に、ライオンの戯れる夢をみるのだ。老人はそれを愛した−−あの少年を愛しているように。眼をさますと老人は少年を起こすために小道を上がる。少年と老人は小舟を水の中に押し出す。朝が近い、今日は遠出だ。沖に出て1人になると、老人は餌のついた4本の綱を水中に下し、汐の流れに船を任せた。太陽が随分高くなった。綱がぐっと引かれる。信じられぬほどの重みだ。「畜生め!」老人は大声をあげると綱をひいた。しかし魚は1吋も引寄せられない。魚と、それに引かれる老人の舟は、静かな海を滑っていく。「あの子がいたらなあ」−−老人は声に出した。陽が沈んでからは流石に寒い。魚はその晩中進路をかえなかった。老人は急に自分の引っかけた魚が可愛そうになってきた。−−お互いに1人ぼっちだ。夜明け前、魚は1度大波のうねりのように動いて、老人をうつむけに引倒した。そして午後になると、魚はその姿を海面に現わした。バットの様な口ばし、舟より2吋も長い全身。だがそれはダイビングの選手のような鮮やかさで、再び水中に消えてしまった。夜、老人は突然眼が覚めた。魚は物凄い勢で海上に跳ね上がる。ボートは引きずり廻される。こうなるのを待っていたのだ。戦等開始だ。3度目の太陽が上る。一晩中続いた死物狂いの暴れようが落ちついて、老人は綱をたぐりはじめる。そして両手を血だらけにしながら、銛をぐさりと魚の胴体に打ちこむ。−−気がつくと海は一面に血汐で真赤だ。頭をへさきに、尻尾を艫先に結びつける。1500ポンドはあるだろう。しかし、人間たちにこいつを食う値打ちがあるだろうか。あの堂々たる振舞い、あの威厳。最初に鮫が襲ってきたのは、1時間後のことだった。剃刀のような歯ががぶりと魚の尾に噛みついた時、老人は身を抉られる苦痛を感じた。夕暮近く2匹、日没前に1匹、また2匹、銛をふるっての応戦に老人が力尽きた時、魚の身に、もう喰う所は少しも残っていなかった。港にたどりつくと、老人は5度も腰を下ろして休んでから、小屋にもどった。朝、老人が目を覚ますと少年がコーヒーを持って座っていた「また2人で一緒に行こうよ」「だめだ、俺はもう運に見放されちゃった」「運なんか何だい運は僕が持ってくよ」。老人は再び眼りにおちた。彼はライオンの夢を見ていた。
 (Movie Walkerより)



                    老人と海 1990年版

 監督はアレクサンドル・ペドロフ、制作はバーナード・ラジョイー、原作はヘミングウェイです。主演アンソニー・クイン