原発の脅威から「生命」と「琵琶湖」を守る
原発再稼働禁止仮処分申請書
2011年8月2日
大津地方裁判所 民事部 御中
債権者ら訴訟代理人弁護士 吉原 稔
同 井 戸 謙 一
同 石川 賢治
同 向川 さゆり
同 石田 達也
同 永芳 明
同 高 橋 陽 一
同 吉 川 実
当事者の表示 別紙当事者目録記載のとおり
目的物の表示 別紙目録記載のとおり
仮処分によって保全すべき権利 生存権・人格権の妨害予防請求権
申立の趣旨
1 債務者は,国によって,発電用軽水型原子炉施設についての福島第一原発の事故原因を解明したうえで「発電用軽水型原子炉施設に関する安全設計審査指針」「発電用原子炉施設に関する耐震設計審査指針」「発電用軽水型原子炉施設に関する安全評価に関する審査
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指針」「発電用原子力設備に関する技術基準を定める省令(昭和40年6月15日通商産業省令第62号)」が改定され,新安全審査指針及び技術基準に適合したとする定期検査が完了するまで,美浜原子力発電所1号機,3号機,大飯原子力発電所1号,3号,4号機及び高浜原子力発電所1号,4号機について,再稼動(調整運転を含む)をさせてはならない。
2 申立て費用は債務者の負担とする。
との裁判を求める。
申立の理由
第1 当事者
1. 債権者らは,主として滋賀県内に居住しているが,その場所は,債務者の設置する美浜原発1号機等福井原発群から20〜110km圏に位置する。
2. 債務者は,福井県美浜町内に美浜原子力発電所1号機,3号機,大飯町内に大飯原子力発電所発1号機,3号機,4号機,高浜町内に高浜原子力発電所1号機,4号機を設置している。
第2 本件各原発の現状
1. 申立ての趣旨記載の各原子炉施設(以下「本件各原発」という。)は,次のとおり,いずれも定期検査中で,運転が停止されている(甲1−1〜4)。
美浜1号 2010年11月24日から停止
美浜3号 2011年5月14日から停止
大飯1号 2010年12月10日から停止
大飯3号 2011年3月18日から停止
大飯4号 2011年7月23日から停止
高浜1号 2011年1月10日から停止
高浜4号 2011年7月23日から停止
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2. 東北地方太平洋沖地震によって発生した福島第一原発の過酷事故(甲2,甲3,甲4)
(1) 平成23年3月11日に起きた東北地方太平洋沖地震により,東京電力福島第一原子力発電所は,1〜3号機において核燃料がメルトダウン,メルトスルーし,1,3,4号機では水素爆発を起こすという深刻な事故が発生した(以下「福島原発事故」という。)。大気中に放出された放射性物質は,3月16日までだけでも77万テラベクレル(原子力安全保安院平成23年6月6日公表,広島型原爆の数十個分に相当する。)に及び,さらに,莫大な放射性物質が地下水を汚染し,海洋に流れ出ている。福島原発事故は,本日現在も収束しておらず,その目途もたっていない。原子力安全・保安院は,福島原発事故を,国際原子力事象評価尺度でレベル7に相当すると評価しており,福島原発事故がチェルノブイリ原発事故と並ぶ史上最悪の原子力発電所事故であることは明らかである。
(2) 平成23年4月22日,福島原発事故により,本件原発から半径20キロ圏内が災害対策基本法に基づく警戒区域に指定され,立入りが禁止された。その圏外では,一部の区域が「計画的避難区域」に指定され,20kmから30km圏内のうち計画的避難区域でない地域の大半が,緊急時に屋内退避や避難ができるよう準備しておくことが求められる「緊急時避難準備区域」に指定された。また,それ以外の1年間の積算線量が20ミリシーベルトを超えるとされた地域が,特定避難勧奨地点に指定されている。これらによって,生まれ育った故郷を追われた原発難民は10万人を超える。
また,福島原発から放出された放射性物質は,国内外に拡散し,土壌,大気,海洋,農畜産物,海産物,水道水等が放射能に汚染された。
(3) 福島原発事故は,我が国の原発では,多重の安全対策が施さ
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れているから,過酷事故は生じないとして,いわゆる安全神話を振りまいていた政府(経産省,原子力安全・保安院,原子力安全委員会),電力会社の主張がいかに身勝手でご都合主義的なものであったかを白日の下に曝した。
第3 再稼動の違法性
1. 警告されていた原発の過酷事故が現実のものとなった現在,本件各原発を再稼動することは許されない。その理由の1は,本件各原発においても福島第1原発と同様に過酷事故が発生する具体的な危険があるからであり,その理由の2は,本件各原発が再稼動の要件として法律上要求されている定期検査を受けたとはいえないからである。
以下,2において,上記理由1について,3以下において,上記理由2について詳述する。
2. 本件各原発を運転する危険性
本件各原発を再稼動するのは,次のとおり,極めて危険であって,過酷事故が発生し,取り返しのつかない事態になりかねない。
(1) 若狭湾沿岸地域で大地震が起こる危険性が高い。
1) 阪神大震災後,我が国は地震の活動期に入っている。とりわけ,東北太平洋沖地震によって,日本列島の地殻は大きく移動したし,太平洋プレートと北米プレートとのいわばタガが外れたため,今後,日本列島各所で地震がおきる可能性が高まっている。
2) また,東海地震,東南海地震,南海地震の危険が切迫しているが,その前兆として琵琶湖ないし若狭湾付近で,スラブ内地震が発生する危険が高まっている。
3) 若狭湾周辺は,多数の活断層があり,もともと地震の多発地帯である。しかるに,近年は,大きな地震に見舞われていない。他方,その周辺地域では,濃尾地震(明治24年,マグニチュード8.0),北丹後地震(昭和2年,マグニチュード7.3),
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福井地震(昭和23年,マグニチュード7.1),鳥取県西部地震(平成12年,マグニチュード7.3)等,大地震が起こっていて,若狭湾周辺は,地震の空白域になっている。次の地震は,地震の空白域で起こる可能性が高い。
4) 若狭湾周辺地域には,上記のとおり,多数の活断層がある。とりわけ,美浜原発はC断層(想定マグニチュード6.9)の直上に,大飯原発は,FO−A断層・FO−B断層(想定マグニチュード7.4)の直近に位置する。また,美浜原発の直近には,白木−丹生断層があるし,それ以外にも,若狭湾周辺には,野坂断層・B断層・大陸棚外縁断層(想定マグニチュード7.7),和布−干飯崎沖断層,甲楽城断層,柳ケ瀬断層,敦賀断層,三方断層,熊川断層,上林川断層等がある。従来,電力会社は,活断層の上に原発は作らないと明言していた。しかるに,美浜原発は,C断層の直上にある。そもそもこのような場所に原発を建設してはならないのである。活断層との距離が近いほど,地震動とともに,隆起や地割れなど,地形が変形する影響が心配される。世界で活断層から1km以内に原発があるのはもんじゅ,敦賀,美浜の3つだけなのである(5月11日の衆院経済産業委員会における,日本共産党の吉井英勝衆院議員の質問に対する寺坂信昭原子力安全・保安院院長の答弁)(甲5)。有数の地震・津波国である日本に原発を集中立地することは危険極まりない。特に債務者が11機を運転している若狭湾沿岸には,日本の原発の4分の1が集中し,処理技術のめどがたっていない使用済み核燃料は8000体以上が保管されている。日本列島のどこにも,大地震と大津波の危険性のない「安全な土地」と呼べる場所は存在しない。
石橋克彦神戸大学名誉教授は,平成23年5月23日に開催された参議院公聴会において,浜岡原発(静岡県御前崎市)の次にリスクの高い原発がどの原発かとの質問に対し,「若狭一
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帯」の原発と答えた(甲6)。
(2) 本件各原発の多くは,老朽化している。
運転開始後の年数は,美浜1号は40年を,2号は39年を,美浜3号は34年を,大飯1号は32年を,大飯3号は20年を,高浜1号は36年をそれぞれ超えている。債務者は,「老朽化」を「高経年化」と称し,必要な補強,交換工事を行っているから安全上の問題はないと主張し,本年7月22日には来年7月に運転開始から40年となる美浜2号機について運転を延長しても安全性に問題はないとする報告書を国に提出した。もともと原子炉設備は,30年〜40年の予定で建設されたものであって,金属疲労,腐食が進行していることは明らかである。東北地方太平洋沖地震の揺れによって重大な損傷を生じたのが,美浜1号と同様に運転開始後40年を経過していた福島第一原発1号機であったことが想起されるべきである(甲7)。
とりわけ,中性子照射脆化の進行により,原子炉圧力容器の延性脆性遷移温度は上昇しており,美浜1号機では81度,高浜1号機では68度に達しているから,緊急時に原子炉内に冷却水が注入されると,原子炉圧力容器が破壊する危険性がある(甲8)。
(3) 津波対策がとられていない。
債務者は,美浜原発で1.57m,大飯原発で1.86m,高浜原発で1.34mの津波しか想定していない(福島第一原発で5.7mの想定であったが15mの大津波がきた。又30年以内に強い地震の起きる確率は福島第一原発では0.07%であった。)。その理由は,過去,若狭湾に大津波が押し寄せた記録はなく,今後もその危険がないということにある。しかし,西暦1586年の天正大地震の際,若狭湾沿岸に大津波が押し寄せたことは当時の文献(吉田神社(京都市左京区)の宮司・吉田兼見による第1級の歴史資料「兼見卿記」とポルトガル人宣教師ルイス・フロイスの「日本史」等)が明らかにしている。債務者は,これらの文献の存
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在を知りながら,これを無視してきた(甲9)。債務者は,未だ,天正大地震の際の津波に対応できる対策をとっていない。
3. 本件各原発は,適正な定期検査を受けておらず,再稼動の要件を充足していないから再稼動は違法である。
(1) 法令の定め等
1) 発電用原子炉及びその附属設備について,原子力発電所を設置する者は,運転が開始された日又は定期検査が終了した日以降13か月を超えない時期に,経済産業大臣が行う検査を受けなければならない(電気事業法39条1項,54条,同法施行規則90〜94条)。電気事業法39条1項は,事業用電気工作物を設置する者は,事業用電気工作物を経済産業省令で定める技術基準に適合するように維持しなければならないとし,第2項は,「前項の経済産業省令は次に掲げるところによらねばならない。1号,事業用電気工作物は人体に危害を及ぼし,又は物件に損傷を与えないようにすること」と定めており,同法54条1項は特定重要電気工作物についてこれを設置するものは経済産業省令で定める時期ごとに経済産業大臣が行う検査を受けなければならないと定めている(甲10,甲11,甲12)。
2) 原子力発電所の定期検査は,発電の用に供する電気工作物の事故故障の未然防止,拡大防止を図るため,また電気の供給に著しい支障を及ぼさないようにするため定期的に行う検査である。定期検査の目的は,健全性の確認,機能維持,信頼性の向上であり,これによって,電気工作物が工事認可申請及び経済産業省令で定める技術基準(発電用原子力設備に関する技術基準を定める省令(昭和40年6月15日通商産業省令第62号),以下「技術基準」という。)等に適合するよう維持,運用することを確認することとされている(甲13)。
(2)現行の安全審査指針類及び技術基準の失効1(命令等制定機関の宣言による失効) 7
1) 福島原発事故により,安全審査指針類及び技術基準の欠陥が明ら かになった。次のとおり,行政の責任者や責任部局は,現行の技術基準や安全審査指針類がもはやよるべき基準たりえず,法的にも事実上も失効していることを認めた。
i 菅首相は,平成23年6月17日の参院復興特別委員会において,社会民主党の福島瑞穂議員からなされた「これまでの安全指針に基づく原発設置許可は事故で無効になったと思うがどうか。安全指針は失効したと思うがどうか。」との質問に対して,「これまでの指針をクリアした福島原発が重大な事故を起こしたのだから,指針が十分ではなかったことははっきりした。」と答弁して,安全審査指針が事実上失効していることを認めた。
「(質問)安全評価指針を作り直し,安全審査をやり直さないで、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、定期検診の合格はあり得ないと考えます、、、、、、、、、、、、、、、、、、が,いかがですか,総理。 ○国務大臣(海江田万里君) 今,班目委員長からもありましたけれども,今回の東京電力福島第一発電所の事故をしっかりと教訓化をして,新たな安全基準を作ると、、、、、、、、、、、。経産省でも,経産省は発、、、、、電用原子力設備に関する技術基準を定める省令というのがござい、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、ますが,これをやっぱり直さなければいけないと思っております、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、。
(質問)再稼、、働をするに当たって,しっかり新たな安全基準を作、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、り直せ,そうでない限り,安全のお墨付きがないわけですから、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、,できないと思いますが,どうですか。 ○国務大臣(海江田万里君) このIAEAに対する報告で,二十八あるということでございますが,この二十八はしっかりとやらせていただきます。
○福島みずほ君 安全審査指針,安全基準を変えない限り再稼働、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、はできない、、、、、というふうに思います。総理,それぐらいの,安全性の確保というのはそういうことだということでよろしいですね。 ○内閣総理大臣(菅直人君) 最終的には安全指針や基準という、、、、、、、、、、、、、、、ものが,検証の結果変えられていくということになろうかと思い、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、
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ます、、。」(甲14)と述べた。
ii 現在の原子力安全委員会委員長班目春樹氏が,2007年2月,浜岡原発訴訟が審理されていた静岡地裁において,中部電力側の証人として,原発内の非常用電源がすべてダウンするということを想定しないのかと問われ,「割り切りだ」「非常用ディーゼル2個の破断も考えましょう,こう考えましょうと言っていると,設計出来なくなっちゃうんですよ」と証言した。しかし,本件事故後の本年3月22日に参議院の予算委員会において,社民党の福島瑞穂党首からこの裁判の証言について問われた際,班目氏は「割り切りは正しくなかった」と答弁した(甲15)。これは,原子力安全委員会委員長が,現行の安全評価指針が誤っていることを国会で認めたと言える。
iii さらに,2011年5月19日,班目氏は,安全設計審査指針において全電源を長期間失うことを想定していなかったことを「明らかに間違っていた。」と述べ,改定する方針を明らかにしている(甲16)。
iv 原子力安全委員会の「安全設計指針」には,「長時間にわたる電源喪失は考慮する必要はない」となっているが,斑目委員長は,「この規定は知らなかった,読み飛ばしていた」と述べている。「今回,はっきり言って(安全指針に)穴が開いていることがわかってしまった。安全設計審査指針は明らかに間違っている」と述べて,原子力安全委員会の斑目春樹委員長は5月中旬,全電源喪失を「考慮する必要がない」としてきた指針の見直しを明言した。
v 原子力安全委員会は,平成23年6月22日,部会を開き,福島原発事故を踏まえた安全指針の抜本的な見直しを始めた。この日の部会では,安全設計審査指針と耐震設計審査指針の見直しに向け,二つの小委員会を設けることを決めた。各小委員会において,来年3月までに論点を整理し安全委に報告する。斑目(まだ
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らめ)春樹委員長は「コンセンサスが得られる点から改訂してほしい」と話した(甲17)。
なお,政府の地震調査委員会は,平成23年6月9日,将来起きる地震の規模や確率の予測手法を改めると発表した。過去の地震をもとに予測してきたが,発生例がなくても科学的に可能性がある地震や,多数の地震の連動も想定に加える。予想される地震規模が大きくなるので,原発の耐震設計審査指針も,その結果を踏まえて再検討される必要がある(甲18)。
2) 法律は国会で廃止するとの法律を制定しないと失効しないが, 経産省令,原子力安全委員会決定は経産省又は原子力安全委員会が決めるものだから,経済産業大臣,原子力安全委員会委員長が効力を失ったと言えば,失効すると解してよい。
3)
行政手続法は,第38条において,「1)命令等を定める機関(閣議の決定により命令等が定められる場合にあっては,当該命令等の立案をする各大臣。以下「命令等制定機関」という。)は,命令等を定めるに当たっては,当該命令等がこれを定める根拠となる法令の趣旨に適合するものとなるようにしなければならない。2) 命令等制定機関は,命令等を定めた後においても,当該命令等の規定の実施状況,社会経済情勢の変化等を勘案し,必要に応じ,当該命令等の内容について検討を加え,その適正を確保するよう努めなければならない。」と規定する。
4) そうすると,社会経済情勢の変化により規則命令を定める機関が失効宣言をすることは法律の予定しているところと解せられる。
5) 以上によれば,現行の安全審査指針類及び技術基準が失効していることは,内閣総理大臣,経済産業大臣,原子力安全委員長がこれを認めているのは明らかである。安全設計審査指針は原子力安全委員会の決定であり,軽水炉の設置許可申請に係る安全審査において,安全性確保の観点から設計の妥当性について判断する際の基礎を示すことを目的として定めたものである(同指針のま
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えがき部分)が,もはや,現行安全設計審査指針が設計の妥当性について判断する際の基礎を示す機能を果たせないことが明白になったのであるから,効力をもたないというべきである。
技術基準は省令であるが立法の基盤を崩壊させるような変化が起こり,前提となる安全設計審査指針が失効したのみならず,事業用電気工作物が「人体に危害を及ぼし,又は物件に損傷をあたえないようにする」という技術基準の要件(電気事業法39条2項1号)を満たさないことが明らかになったのであるから,技術基準もまた失効したと解するべきである。
(3)現行の安全審査指針類及び技術基準の失効2(立法事実の変遷による失効)
1) 安全審査指針類は,原子力安全委員会の決定であり,安全設計審査指針は,軽水炉の設置許可申請に係る安全審査において,安全性確保の観点から設計の妥当性について判断する際の基礎を示すことを目的として定めたもの(同指針のまえがき部分),耐震設計審査指針は,軽水炉の設置許可申請に係る安全審査のうち,耐震安全性の確保の観点から耐震設計方針の妥当性について判断する際の基礎を示すことを目的として定めたもの(同指針のまえがき部分),安全評価審査指針は,軽水炉」の設置許可申請に係る安全審査において,原子炉施設の安全評価の妥当性について判断する際の基礎を示すことを目的として定めたもの(同指針のまえがき部分)であるが,もはや,これらが設計の妥当性,耐震設計方針,安全評価の妥当性について判断する際の基礎を示す機能を果たせないことが明白になったのであるから,効力をもたないというべきである。
2) 最高裁判例のとる「立法事実変遷論」からも規則等の失効は根拠づけられる。
i 最高裁大法廷平成17年9月14日判決は,在外邦人選挙権制度違憲判決において, 11
「三 本件改正後の公職選挙法の憲法適合性について
本件改正は,在外国民に国政選挙で投票をすることを認める在外選挙制度を設けたものの,当分の間,衆議院比例代表選出議員の選挙についてだけ投票することを認め,衆議院小選挙区選出議員の選挙及び参議院選挙区選出議員の選挙については投票をすることを認めないというものである。この点に関しては,投票日前に選挙公報を在外国民に届けるのは実際上困難であり,在外国民に候補者個人に関する情報を適正に伝達するのが困難であるという状況の下で,候補者の氏名を自書させて投票をさせる必要のある衆議院小選挙区選出議員の選挙又は参議院選挙区選出議員の選挙について在外国民に投票をすることを認めることには検討を要する問題があるという見解もないではなかったことなどを考慮すると,初めて在外選挙制度を設けるに当たり,まず問題の比較的少ない比例代表選挙議員の選挙についてだけ在外国民の投票を認めることとしたことが,全く理由のないものであったとまでいうことはできない。しかしながら,本件改正後に在外選挙が繰り返し実施されてきていること,通信手段が地球規模で目覚しい発展を遂げていることなどによれば,在外国民に候補者個人に関する情報を適正に伝達することが著しく困難であるとはいえなくなったものというべきである。(中略)遅くとも,本判決言渡し後に初めて行われる衆議院議員の総選挙又は参議院議員の通常選挙の時点においては,衆議院小選挙区選出議員の選挙及び参議院選挙区選出議員の選挙について在外国民に投票をすることことを認めないことについて,やむを得ない事由があるということはできず,公職選挙法附則八項の規定のうち,在外選挙制度の対象となる選挙を当分の間両議院の比例代表選出議員に限定する部分は,法一五条一項及び三項,四三条一項並びに四四条ただし書に違反するものといわざるを得ない。」として立法事実変遷論にたった違憲判決をしている(甲19)。
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ii 最高裁大法廷平成20年6月4日は(国籍確認請求事件)は,
「1 国籍法3条1項が,日本国民である父と日本国民でない母との間に出生した後に父から認知された子につき,父母の婚姻により摘出子たる身分を取得した場合に限り日本国籍の取得を認めていることにより国籍の取得に関する区別を生じさせていることは,遅くとも平成17年当時において,憲法14条1項に違反する。」
と判示した。
「国籍法3条1項の規定が設けられた当時の社会通念や社会的状況の下においては,日本国民である父と日本国民でない母との間の子について,父母が法律上の婚姻をしたことをもって日本国民である父との家庭生活を通じた我が国との密接な結び付きの存在を示すものとみることには相応の理由があったものとみられ,当時の諸外国における前記のような国籍法制の傾向にかんがみても,同項の規定が認知に加えて準正を日本国籍取得の要件としたことには,上記の立法目的との間に一定の合理的関連性があったものということができる。
ウ しかしながら,その後,我が国における社会的,経済的環境等の変化に伴って,夫婦共同生活の在り方を含む家族生活や親子関係に関する意識も一様ではなくなってきており,今日では,出生数に占める非摘出子の割合が増加するなど,家族生活や親子関係の実態も変化し多様化してきている。このような社会通念及び社会的状況の変化に加えて,近年,我が国の国際化の進展に伴い国際的交流が増大することにより,日本国民である父と日本国民でない母との間に出生する子が増加しているところ,両親の一方のみが日本国民である場合には,同居の有無など家族生活の実態においても,法律上の婚姻やそれを背景とした親子関係の在り方についての認識においても,両親が日本国民である場合と比べてより複雑多様な面があり,その子と我が国との結び付きの強弱を両親が法律上の婚姻をしているか否かをもって直ちに測ることは
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できない。これらのことを考慮すれば,日本国民である父が日本国民でない母と法律上の婚姻をしたことをもって,初めて子に日本国籍を与えるに足りるだけの我が国との密接な結び付きが認められるものとすることは,今日では必ずしも家族生活等の実態に適合するものということはできない。
また,諸外国においては,非摘出子に対する法的な差別的取扱いを解消する方向にあることがうかがわれ,我が国が批准した市民的及び政治的権利に関する国際規約及び児童の権利に関する条約にも児童が出生によっていかなる差別も受けないとする趣旨の規定が存在する。さらに,国籍法3条1項の規定が設けられた後,自国民である父の非摘出子について準正を国籍法取得の要件としていた多くの国において,今日までに認知等により自国民との父子関係の成立が認められた場合にはそれだけで自国籍の取得を認める旨の法改正が行われている。
以上のような我が国を取り巻く国内的,国際的な社会的環境等の変化に照らしてみると,準正を出生後における届出による日本国籍取得の要件としておくことについて,前記の立法目的との間に、、、、、、、、、、、合理的関連性を見いだすことがもはや難しくなっているというべ、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、きである。、、、、、」(甲20)
iii 「このように立法事実の変更を考慮に入れ,かつては問題のなかった法令が今日では違憲となっているという判断は,在外国民投票権訴訟判決においても見られたものである。ただ,国籍法3、、、、、、、条、1、項の合理性は立法当初、、、、、、、、、、より相当疑わしかったのであって,制、、、、、、、、、、、、、、、、、定後の事情の変化によって合理性を失うに至ったという論法をこ、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、の事例につき用いることには,疑問もないではない。しかし,最、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、高裁が立法事実の変化を考慮に入れる姿勢を示していることは,、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、より事実に、、、、、基づいた司法審査をもたらすものであり,高く評価さ、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、れよう。、、、、」(甲21)
3) 法律ですら立法事実の変遷によって失効するものであるから
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「想定外の事故」「空前絶後の大事故」である福島原発事故の発生という立法事実の変化によって原子力安全委員会決定である現行安全審査指針類,省令である技術基準が失効するのは当然のことである。
4) 仮に法的には失効していなくも,もともと合理的であった安全指針が想定外の事故によってその不合理性が明らかになったのではなく,もともと不合理であった安全指針が想定すべきものを想定しなかった「想定外の事故」により,その不合理性がより一層明白になり,もはやいかなる合理性を有しなくなったことから,安全審査指針類及び技術基準が許可や点検の基準としての規範性を有しないことは明らかである。
(4)技術基準の失効3(安全審査指針類の失効による失効)
1) 事業者から原子炉設置許可申請が出されると,原子力安全保安院は,原子炉設置許可申請が原子炉等規制法に定められた許可基準に適合しているか安全審査を行う。併せて原子力安全委員会は,二次審査(ダブルチェック)を行うが,その判断の基準として「発電用軽水型原子炉施設に関する安全設計審査指針」「発電用原子炉施設に関する耐震設計審査指針」「発電用軽水型原子炉施設に関する安全評価に関する審査指針等の安全審査指針類を定めている。これらの安全審査指針類は,原子力安全保安院による一次審査の基準としても位置づけられている(原子炉規制法5条2項)。他方,技術基準は,電気事業法に基づいて設置者が設備を維持しなければならない基準であり,また,原子炉の工事計画認可,使用前検査及び定期検査・定期安全管理検査に当たっての審査・判断基準として定められており,詳細設計における要求事項を規定しているものである。
2) そうすると,詳細設計における要求事項を規定している技術基準は,基本設計における要求事項を規定している安全審査指針類を前提とするものである(甲22)から,安全審査指針類が効力を失えば,同時に効力を失うと解するべきである。
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仮に上記のとおり解することができなくとも,技術基準は,安全審査指針類が効力を失えば,同時に効力を失うと解するべきである。
(5)以上のとおり,安全審査指針類及び技術基準が失効しているから,本件各原発が現行の安全審査指針及び技術基準を前提とする定期検査を受けても,適法な定期検査を受けたことにはならない。
4. 現行の安全審査指針はその内容においても極めて不合理なものである。そのことを詳述すると以下の通りである。
(1) 昭和39年5月27日の原子力委員会決定は,「原子炉立地審査指針及びその適用に関する判断のめやすについて」において,
「原子炉立地審査指針
この指針は,原子炉安全専門審査会が,陸上に定置する原子炉の設置に先立って行う安全審査の際,万一の事故に関連して,その立地条件の適否を判断するためのものである。
1 基本的考え方
1.1 原則的立地条件
原子炉は,どこに設置されるにしても,事故を起こさないように設計,建設,運転及び保守を行わなければならないことは当然のことであるが,なお万一の事故に備え,公衆の安全を確保するためには,原則的に次のような立地条件が必要である。
(1) 大きな事故の誘因となるような事象が過去においてなかっ..........................たことはもちろんであるが............,将来..においてもあるとは考えられない...............こと..。また,災害を拡大するような事象も少ないこと。
(2) 原子炉は,その安全防護施設との関連において十分に公衆から離れていること。
(3) 原子炉の敷地は,その周辺も含め,必要に応じ公衆に対して適切な措置を講じうる環境にあること。」
としている(甲23)。
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(2)1992年10月29日伊方原発最高裁判決は,
「原子炉が原子核分裂の過程において高エネルギーを放出する核燃料物質を燃料として使用する装置であり,その稼働により,内部に多量の人体に有害な放射性物質を発生させるものであって,原子炉を設置しようとする者が原子炉の設置,運転につき所定の技術的能力を欠くとき,又は原子炉施設の安全性が確保されないときは,当該原子炉施設の従業員やその周辺住民等の生命,身体に重大な危害を及ぼし,周辺の環境を放射能によって汚染するなど,深刻な災害を引き起こすおそれがあることにかんがみ,右災害が万が一にも起、、、、、、、、、、こらないようにするため、、、、、、、、、、、,、〈中略〉原子炉施設の位置,構造及び設備の安全性につき,科学的,専門技術的見地から,十分な審査を行わせることにある」と判断している。ここには,国が行う安全審査の趣旨が『災害が万が一にも起こらないようにするため』であり,重大事故の現実的な可能性とは別個の観点から,事故発生を未然に防止しうるという観点から審査を実施しなければならないことが示されている。(甲24)
(3)今回の福島第一原発事故のように大地震と大津波という共通原因故障が同時に起こり,それにより全電源喪失という事態をもたらしたことにかんがみると,この立地自体が立地のための審査指針に完全に違反していたこと,「立地指針の基本的考え方」によれば地震多発国である日本国内のすべての土地で立地できないものであることを示している。
(4)安全設計審査指針
発電用軽水型原子炉施設に関する安全設計審査指針(平成2年8月30日原子力安全委員会決定)は,「IV 原子炉施設全般」において,
「指針2. 自然現象に対する設計上の考慮
1. 安全機能を有する構築物,系統及び機器は,その安全機能の重要度及び地震によって機能の喪失を起こした場合の安全上の
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影響を考慮して,耐震設計上の区分がなされるとともに,適切と考えられる設計用地震力に十分耐えられる設計であること。
2. 安全機能を有する構築物,系統及び機器は,地震以外の想定される自然現象によって原子炉施設の安全性が損なわれない設計であること。重要度の特に高い安全機能を有する構築物,系統及び機器は,予想される自然現象のうち最も苛酷と考えられる条件........................,又は自然力に事故荷重を適切に組み合わせた場合を考慮した設計.............................であること.....。」
(5)
「指針9. 信頼性に関する設計上の考慮
1. 安全機能を有する構築物,系統及び機器は,その安全機能の重要度に応じて十分に高い信頼性を確保し,かつ,維持しうる設計であること。
2. 重要度の特に高い安全機能を有する系統については,その構造,動作原理,果たすべき安全機能の性質等を考慮して,多重性又は多様性及び独立性を備えた設計であること。
3. 前項の系統は,その系統を構成する機器の単一故障の過程に加え,外部電源が利用できない場合においても,その系統の安全機能が達成できる設計であること。」
としている。これらの指針はもっともな内容である。
ところが,建前と本音,総論と各論,が著しく齟齬矛盾している。
1) 同指針27では,「電源喪失に対する設計上の考慮」として,「原子炉施設は,短時間の、、、、全交流動力電源喪失に対して,原子炉を安全に停止し,かつ,停止後の冷却を確保できる設計であること。」としており,その解説では,
「指針27.電源喪失に対する設計上の考慮
長期間にわたる全交流動力電源喪失は.................,送電線の復旧又は非常用...........交流電源設備の修復が期待できるので考慮する必要はない..........................。
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非常用交流電源設備の信頼度が..............,系統構成又は運用........(常に稼働....状態にしておくことなど...........)により...,十分高い場合においては...........,設.計上全交流動力電源喪失を想定しなくてもよい.....................。」
としている(甲25)。
今回の福島第一原発は,全電源喪失が長時間係属したため,冷却機能が失われたのであるから,長時間の全電源喪失はあり得ないとする指針27は間違いであった。
2) 想定している設計基準事象を大幅に超える事象であって,炉心が重大な損傷をうけるような事象を,一般にシビアアクシデント(過酷事故)と呼んでいるが,原子力安全委員会決定(平成4年5月28日)は以下の通りとしていた。
『我が国の原子炉施設の安全性は,現行の安全規制の下に,いわゆる多重防護の思想に基づき厳格な安全確保対策を行うことによって十分確保されている。これらの諸対策によってシビアアクシデントは工学的には現実に起こるとは考えられないほど発生の可能性は十分小さいものとなっており,原子炉施設のリスクは充分低くなっていると判断される。』
そのため,原子炉設置者において効果的なアクシデントマネージメントを『自主的に整備し,万一の場合にこれを的確に実施できるようにすること』を強く奨励するとしており,更には次のようにも記載していた。
『したがって,現時点においては,これに関連した整備がなされているか否か,或いはその具体的対策の内容の如何によって,原子炉の設置又は運転を制約するような規制的措置が要求されるものではない。』(甲26)
3) 東京電力福島第一原子力発電所が東日本大震災時に全ての電源を喪失し炉心溶融を起こした問題で,国の原子力安全委員会の作業部会が1993年に,全電源喪失対策を検討しながらも「重大な事態に至る可能性は低い」と結論づけていたことがわかった。安全委
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員会は7月13日,当時の報告書をウェブで初めて公開した。今後詳しい経緯を調べるという。
報告書は安全委の「全交流電源喪失事象検討ワーキング・グループ」が作った。専門家5人のほか東電や関西電力の社員も参加。安全委の作業部会はどれも当時は非公開で,今回は情報公開請求されたため,公表した。
米国で発生した全電源喪失の例や規制内容を調査した。その結果,国内では例がなく,米国と比較して外部電源の復旧が30分と短いことや,非常用ディーゼル発電機の起動が失敗する確率が低いことなどとした。「全交流電源喪失の発生確率は小さい」「短時間で外部電源等の復旧が期待できるので原子炉が重大な事態に至る可能性は低い」と結論づけていた(甲27)。ただし明確な根拠は示されていない(7月14日朝日新聞による)(甲36)。
4) これについて,原子力安全委員会の班目委員長は,5月19日の「安全設計審査指針は長期間にわたる全電源喪失を考慮する必要はないと規定しており,明らかに間違い」と述べており,福島第一原発において実現した長期間の全電源喪失という事実によって,安全設計審査指針のほうが間違っていたことを班目委員長が認めたのである(甲16)。
(6)安全評価審査指針における単一故障指針の問題点
1) 単一故障指針とは,事故の際に,ある安全装置が一つ働かなくても他の装置が働いて,事故に対処できる設計になっていることをいう。安全設計審査指針は,安全設計の基本方針を定めたもので,同指針9「信頼性に関する設計上の考慮」の3項,指針24「残留熱を除去する系統」の2項,指針25「非常用炉心冷却系」の2項,指針26「最終的な熱の逃がし場への熱を輸送する系統」の2項,指針32「原子炉格納容器熱除去系」の2項,指針33「格納施設雰囲気を制御する系統」の3項,指針34「安全保護系の多重性」に,単一故障の仮定において安全機能が達成できる
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設計であることが要求されている。
そして,用語の定義で,「単一故障とは,単一の原因によって一つの機器が所定の安全機能を失うことをいい,従属要因に基づく多重故障を含む」「従属要因とは単一の原因によって必然的に発生する要因をいう」と記載されている。
安全評価指針は,この指針に適合していれば,安全設計の基本方針に関する評価は妥当なものと判断されるところの指針である。「運転時の異常な過渡変化」「事故」について解析する。
解析にあたっては,想定される事象(これについては原因は問わない)に加えて,「異常事象」に対処するために必要な系統,機器について,原子炉停止,炉心冷却及び放射能閉じ込めの各基本的な安全機能別に,解析の結果を最も厳しくする機器の単一故障を仮定した解析を行わなければならないとされている。
そして,色々な具体的場合を設定して解析することを要求している(甲25)。
2) 「単一故障指針とは,事故が起きたときに,各種の安全機器例えばECCS(緊急炉心冷却装置―シャワー―強弱の複数あり)や緊急電源用ディーゼル発電機(DG―強弱の複数あり)のうち各種の全部(例えばECCSの全部)が壊れることを想定(共通原因故障ルールという)しなくてよい。各種の全部のうち,最強のものをただひとつだけ(単に一つだけ)の故障を想定すればよいというルールである。もっと具体的に言うと,ECCSには高圧用二つと低圧用二つがある場合には高圧用ひとつの故障を想定すればよい。DGに強,中,弱とあるときには最強のものひとつの故障を想定すればよい。すなわち,DGの最強のもの一個とECCSの高圧用のもの一個が同時に故障することは想定しなければいけないが,ECCSが全部同時に壊れることやDGが全部不起動となることは想定しなくてよいというルールなのである。
これでは,巨大地震や津波に無力であることは誰の目にも明ら
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かであろう。現に福島原発では13台あったDGのうち12台が地震若しくは津波によって破壊され,冷却水の循環に失敗したのである。
単一故障指針は巨大地震や巨大津波に対する安全審査の方法としては全く不適切かつ無力である。巨大地震や巨大津波は原発のすべての施設機器を同時多発的に強烈にゆすり,水で破壊する。そのような場合に,再循環系(炉心の水が均等になるようにかき回す)配管が同時に複数破断したり,ECCSが同時に複数故障したり,DGが全部押し流されたりすることは容易に想定できるのである。」(以上,河合裕之他著『脱原発』P.131)
(7) 耐震設計審査指針 耐震設計審査指針は,
「基本方針
耐震設計上重要な施設は,敷地周辺の地質・地質構造並びに地震活動性等の地震学及び地震工学的見地から施設の併用期間中に極めてまれではあるが発生する可能性があり,施設に大きな影響を与える恐れがあると想定することが適切な地震動による地震力に対して,その安全機能が損なわれることがないように設計されなければならない。さらに,施設は,地震により発生する可能性のある環境への放射線による影響の観点からなされる耐震設計上の区分ごとに,適切と考えられる設計用地震力に十分耐えられるように設計されなければならない。
また,建物・構築物は,十分な支持性能を持つ地盤に設置されなければならない。」と定めている。
この「解説」は,
「耐震設計においては,『施設の併用期間中に極めてまれではあるが発生する可能性があり,施設に大きな影響を与える恐れがあると想定することが適切な地震動』を適切に策定し,この地震動を前提とした耐震設計を行うことにより,地震に起因する外乱によって周辺の公衆に対し,著しい放射線被ばくのリスクを与えないように
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することを基本とすべきである。
これは,旧指針の『基本方針』における『発電用原子炉施設は想定されるいかなる地震力に対してもこれが大きな事故の誘因とならないよう十分な耐震性を有していなければならない』との規定が耐震設計に求めていたものと同等の考え方である。」
(8)また,耐震設計指針は,津波については,
1)
「8.地震随伴事象に対する考慮
施設は,地震随伴事象について,次に示す事項を十分考慮したうえで設計されなければならない。
(1) 施設の周辺斜面で地震時に想定しうる崩壊等に因っても,施設の安全機能が重大な影響を受けるおそれがないこと。
(2) 施設の併用期間中に極めてまれではあるが発生する可能性があると想定することが適切な津波によっても,施設の安全機能が重大な影響を受けるおそれがないこと。」
としているが,具体的な指針を示していない。
2) 地震に随伴しないで到来する津波(例えば51年前のチリ大地震,昨年2月のチリ大地震による津波)については全く対象としていない(甲28)。
(9)以上のように,現行の安全設計審査指針はその最重要部分が極めて不合理なのである。
5. 本件各原発が再稼動される危険
(1)債務者は,電源車の配備や可搬式非常用ディーゼル発電機の設置等,場当たり的対応で,本件各原発を再稼動しようとしている。他方,海江田経産相は,平成23年6月18日,各電力会社に対して同年3月30日に指示した「緊急安全対策」に加えて同月7日に追加指示した「シビアアクシデント(過酷事故)対策」が適切に実施されていることを確認したとして,定期検査等で停止中の「原子力発電所の再起動」を各地元自治体に求めた(いわゆる「安全宣言」)
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(甲29)。菅首相も,同月19日,「きちんと安全性が確認されたものは稼動していく」と述べた。同月29日,海江田経産相は,玄海原子力発電所の地元自治体を訪れ,定期検査中の同原発2号機,3号機の運転再開に同意するよう要請し(甲30),地元自治体の首長は,運転再開を容認する意向を表明している。今後,このような動きが全国に広まり,本件各原発についても,運転再開に向けての動きが具体化することが予想される。地方自治体の同意は,再稼働の法的要件ではないから,債務者が地元自治体の同意なくして本件各原発を再稼働させることも可能である。
(2) 福島原発事故の原因は,想定を超えた大津波が押し寄せたことだけではない。福島原発事故の原因は,未だに明らかになっていない。外部電源の喪失は,地震動による鉄塔の倒壊が原因であるし,津波が到達する前に地震動によって福島原発1号機から4号機の各所に重大な損傷が生じていた疑いが強いことは,多くの識者が指摘するところである。とりわけ,1号機については,津波の到達前に重要な配管の破断等により冷却材喪失事故が生じていたことが指摘されている。東京電力の発表によれば,1号機の最大加速度値は,基準地震動Ssに対する最大応答加速度を超えなかったとされている。それでありながら,冷却材喪失事故が生じていたとすれば,事態は極めて深刻である。福島第一原発の緊急炉心冷却システム(ECCS)の一つである高圧汚水系の配管の破断は,津波の到達前に地震によって破断して,大量の蒸気が漏洩し,圧力容器の圧力が急速に低下したのか,それとも,想定を超えた大津波によって,破断,全電源喪失となったのか,いまだ解明されていない。福島原発事故によって,耐震設計審査指針を含む従来の安全審査指針が妥当性を欠くことが明白となった。現在,政府から独立した原子力安全委員会による事故原因についての調査を行い,その結果を受けて,新規の安全審査指針を決定しなければ,定期点検もできないし,再稼動もできないことは明らかである。
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(3) 債務者は,本件各原発を再稼動させようとするのであれば,究明された福島原発事故の原因を踏まえた新安全審査指針に基づいてチェックを行い,必要な補強工事を施工した上で,再稼動させるべきである。津波に対する上記の応急措置的な対応だけで安全が確保されたといえないのは明らかである。福島原発事故に関して,政府は,さる6月7日,国際原子力機関(IAEA)に報告書を提出している。そのなかでは,従来の安全対策の不備を認めたうえで,「地震・津波への対策の強化」など「シビアアクシデント防止策」から,「原子力災害への対応」「安全確保の基盤」「安全文化の徹底」にわたる28項目の「教訓」を明らかにし,改善を約束した(甲31)。その内容は,未だ福島原発事故の原因すら判明していない段階での改善約束であり,不十分な内容であるが,その改善すら未だになされていない。
地震の活動期に入り,全国のどこで大地震が起こるかもわからない状況のもと,福島原発事故の原因が明らかにされ,その結果に基づいて見直された新安全審査指針に基づいて安全であることが確認された上で再稼動するのでなければ,第2,第3のフクシマの再来は避けられないのである。
(4) ストレステストについて
1)7月11日の政府が出したストレステストの統一見解によれば,
「わが国の原発については,稼働中の原発は現行法令化で適法に運転が行われており,定期検査中の原発についても現行法令にのっとり安全性の確認が行われている。
さらに,これらの原発については,福島第1原発事故を受け,緊急安全対策などの実施について経済産業省原子力安全・保安院による確認がなされており,従来以上に慎重に安全性の確認が行われている。」(甲32)
としているが,先に6月17日の国会の答弁で失効宣言をしておきながら,「現行法令にのっとり,安全性の確認が行われている。
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従来以上に慎重に安全性の確認が行われている」としているのは全く矛盾している。福島原発の原因が把握されていない段階で行われるストレステストに合格してもそれによって本件各原発の安全性が確保されたとはいえない。
2) 京都新聞7月27日によると,
「新潟県の泉田裕彦知事は26日,定期検査中の東京電力柏崎刈羽原発2〜4号機について,欧州諸国で導入されたストレステスト(耐性評価)を参考にした「安全評価」を実施後も,福島第、、、1、原発、、事故の検証が行われない限り、、、、、、、、、、、、、,再稼動を認めないとの考えを示した。
同知事は安全評価について「一切やらないよりやったほうがいいレベルのもの。事故の検証が終わっておらず(原因を)考慮に入、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、れないのなら、、、、、、,、気休めでしかない、、、、、、、、」と指摘。そのうえで「安全評価で絶対安全(が確認される)とは受け止めない。安全という虚構の上で(再稼動を)やるのはあり得ない」と明言した。
又,同知事は「まず最初に福島第1原発事故の検証を行い,情報を包み隠さず出していただきたい」と強調。津波に伴う全電源喪失だけではなく,地震の揺れにより配管破断がなかったかなどを検証する必要性を指摘した。」(甲33)
3) このような矛盾した前提に立って行われているストレステストは,その結果がいかようであっても,本件訴訟における債務者の抗弁となるものではない。
第4 被保全権利
1 債権者らは,琵琶湖を水源とする住民であり,もし本件各原発のいずれかで過酷事故が起こり,放射能に琵琶湖が汚染された場合,飲料水を失い,生命に深刻な危険をもたらす可能性がある。
2 放射性物質は,風によって流される。滋賀県における風の吹き方は,彦根地方気象台がまとめた県内の一般風の基本パターンによると4種類あるとされている。このうちの2つが「北西寄り」と「北
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寄り」の風である。いずれも冬型の気圧配置に伴うことが多く,最多の「北西寄り」の風は若狭湾から長浜,米原へ流れ,県南部の野洲川付近では西から吹き込んだ風とぶつかって甲賀地域へ流れ,「北寄り」の風は若狭湾から吹き込んで県内全域に流れ,とりわけ,湖北・湖東では強く吹くという。
放射性物質は,放射能雲となって遠くまで流れる。京都大学原子炉実験所の元教員・岩本智之は,「チェルノブイリ原発事故では200キロ近く離れているのに放射線量が著しく高くなる地域があった」ことを報告している。福島原発事故によって,滋賀県内でも放射性物質が検出されている。
雨が降ると空気中に漂っていた放射性物質は雨といっしょに地上に落ち,土壌の表層に付着していたものは地中に浸透し,川にも流れ込む。
琵琶湖は,県土の6分の1を占める。大小100余の河川が琵琶湖に入り,湖から流れ出る水は,京阪神の人々の貴重な飲み水になっている。流れ込んだ放射性物質が琵琶湖特有の湖流や琵琶湖の「深呼吸」といわれている上下動によって運ばれて汚染が広がり,湖底に堆積したものは放射線を出し続ける。セシウム137は半減期が30年と長い。生態系への影響は計り知れず,琵琶湖は壊滅的打撃を受ける(甲34)。
3 本件各原発で過酷事故が発生すれば,債権者らの生命,身体が侵害され,健康を育むための貴重な自然が破壊される。債権者らは,債務者に対し,生存権,人格権の侵害に対する妨害予防請求権に基づいて,本件各原発の再稼動の禁止を求めることができる。
第5 保全の必要性
債務者は,現行安全審査指針を前提とする定期検査が終了し,津波に対する応急対策がなされたとして,本件各原発を再稼動しようとしている。しかし,応急対策は極めて弥縫的なもので,津波に対する安
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全対策としても全く不十分であり,地震動に対しては,法的にも事実上も失効した現行耐震設計審査指針に基づく対策しかとっていない。若狭湾周辺の大地震は明日起こるかも知れないが,その場合,本件各原子炉が運転されていれば,取り返しのつかない過酷事故が発生し,本件各原発から20〜110km圏に居住する債権者らが生命,身体,健康に重大な被害を生じることが高い確率で予想される。また,その場合,京阪神にも多量の放射性物質が降り注ぎ,大混乱に陥るし,京阪神の水がめである琵琶湖が汚染されれば,その健康被害は計り知れない。
最近,関西広域連合では放射能によって琵琶湖が汚染された場合の水源を他に求めることを検討するとしているが,そのようなことは不可能であるが,地方自治体はそれほどの危機感をもっているのである。
債権者らは,各人の生存権,人格権に基づき,本件各原発の運転差止め,又は再稼動禁止を求めて本訴を提起する予定であるが,その確定を待っていては,債務者が本件各原発を再稼動させ,これを大地震が襲って,取り返しのつかない被害を受ける恐れがあるため,本件申立てに及んだ。
第6 終わりに
福島原発事故では,多くの人々が,長年築き上げてきた生活を根こそぎ奪われ,コミュニティごと消滅し,これから長い間,健康被害におびえて生活しなければならなくなった。広島原爆の数十発分にも相当する大量の放射性物質が世界中に拡散し,大気が,海が,大地が汚染された。そして,未だに,放射性物質は放出を続けていて,事故は収束の目途すら立っていない。多くの人たちが被曝し,将来,その晩発性の健康被害が出てくるのが深刻に危惧される。悲劇は,これから本格的な幕を開ける。
我が国で第2,第3のフクシマを繰り返してはならない。それは,
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今の社会を担っている日本の大人たちの,子供たちに対する,将来の世代に対する,世界の人々に対する責任である。そのために司法は,過去の原発訴訟で安全神話に浸って果した役割を深刻に反省した上で課せられた責任を果たすべきである。
今や,電力会社にとっても,原子力発電所はお荷物であると指摘されている。もんじゅや六ヶ所再処理工場の本格稼働は全く見通しがついておらず,プルサーマルの拡大も困難であり,貯まりに貯まった使用済み核燃料の処理にいずれ行き詰る。最終処分の方策は全くたっていない。廃炉の費用や使用済み核燃料その他高レベル放射性廃棄物の処理のための気の遠くなる時間や費用を考えたら,原子力発電に経済的合理性がないことは明らかである。しかし,原子力発電には,さまざまな利権がからみ,電力会社自らが自分の意思で脱原発を決断することができない。立法府,行政府も原発の利権に絡み取られている現在,我が国で,電力会社にその決断を迫ることができるのは,司法しかないのである。
第7 本案管轄裁判所
1.普通裁判籍について
民事訴訟法4条4項は,法人が被告の場合の普通裁判籍について,「主たる事務所又は営業所」と規定する。本件では若狭湾の原発群による生存権・人格権の侵害予防を被保全権利とするものであるから,法益を侵害されようとしている債権者らが居住し,汚染の危機のある琵琶湖の位置する滋賀県が,事件と密接に関連する地である。また債務者は,大津市におの浜4丁目1番51号に滋賀支店を開設しており,業務を行っている(滋賀支店長和田野善明は執行役員である)。滋賀支店は,若狭湾原発群による被害が滋賀県内に拡大することを防止する上では,最前線基地の役割を果たすことになるのであるから,本件の審理に最も密接な関連性を有するものである。
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債務者の滋賀支店は民事訴訟法4条4項の「主たる事務所又は営業所」にあたる。
2.特別裁判籍について
(1)民事訴訟法5条1号について
債権者らは,主として本件各原発から20〜110キロの圏内に居住する者であって,琵琶湖の水を飲料水として利用しており,本件各原発のいずれかで過酷事故が起こり,琵琶湖が放射能で汚染された場合には,飲料水を失い,生命に深刻な危機を生ずることとなる。債権者らは,本件各原発が稼働していること,あるいはいつ稼働するかわからないことから生じる,上述のような不安に日々さいなまれている。これは,債務者が,本来であれば,少なくとも,国によって福島第一原発の事故原因の解明がなされた上での改訂された安全審査指針による点検を受け,改訂された安全審査指針に適合したとの点検結果が出るまで,本件各原発を稼働させないことを表明して,債権者らを安心させるべきであるのに,これをせず,債権者らをして,いつ何どき,本件各原発が,不十分な安全審査しか受けていない状態で再稼働するやもしれないとの不安に貶めている結果である。
そこで,債権者らは,本訴においては,債務者のかかる不法行為に基づく損害賠償請求(慰謝料請求)をする予定である。
(2)民事訴訟法5条9号について
民事訴訟法5条9号は,不法行為に関する訴えについて,不法行為があった地を管轄する裁判所に提起することができると規定する。そして,ここに「不法行為があった地」とは,不法行為がなされた土地とその結果が発生した土地の双方を含むことにつき異論がない(甲35)。
本件は,債務者が若狭湾原発群を再稼働させるという不法行為
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が債権者らの生存権・人格権を侵害する恐れがあることからその再稼働禁止を求めるものであり,不法行為に関する訴えを本案とするものである。債務者による上記不法行為の結果は滋賀県内において発生するものであるから(琵琶湖の水を利用する地域全体,風向きや海流等の条件次第ではより広範な範囲に及ぶが,ここでは管轄の論証に必要な範囲という意味でとりあえず滋賀県内での発生を問題にする。),御庁に管轄が認められる。
(3)なお,本件は生存権・人格権の妨害予防請求権を被保全権利とするものであるが,不法行為地に管轄が認められる趣旨は,事件と密接な関連性を有する裁判所での審理が事案の解決にとって最も相応しいとの考慮に基づくものである。
(4)函館地方裁判所に係属中の大間原発建設差止訴訟は青森県下北半島の大間町に建設中の原発について,函館,道南市民と2匹のマグロが原告となり,被告を国,電源開発とする差し止めと損害賠償請求である。
(5)以上より,民事訴訟法5条9項により,本件の特別裁判籍は御庁にある。
以上 31
疎 明 方 法
甲1号証 原子力発電所運転状況
甲2号証 インターネット記事
甲3号証 インターネット記事
甲4号証 インターネット記事
甲5号証 衆議院経済産業委員会会議録
甲6号証 新聞記事
甲7号証 新聞記事
甲8号証 新聞記事
甲9号証 新聞記事
甲10号証 電気事業法
甲11号証 電気事業法施行規則
甲12号証 原子力発電所の定期検査の目的
甲13号証 発電用原子力設備に関する技術基準を定める省令
甲14号証 参議院東日本大震災復興特別委員会会議録弟5号
甲15号証 予算委員会会議録
甲16号証 インターネット記事
甲17号証 新聞記事
甲18号証 新聞記事
甲19号証 最高裁大法廷平成17年9月14日判決
甲20号証 最高裁大法廷平成20年6月4日判決
甲21号証 判例時報
甲22号証 安全設計審査指針の位置付け
甲23号証 原子炉立地審査指針及びその適用に関する判断のめやすについて
甲24号証 伊方原発最高裁判決
甲25号証 発電用軽水型原子炉施設に関する安全設計審査指針
甲26号証 発電用軽水型原子炉施設におけるシビアアクシデント対策としてのアクシデントマネージメントについ
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33

甲27号証 原子力発電所における全交流電源喪失事象について
甲28号証 発電用原子炉施設に関する耐震設計審査指針
甲29号証 インターネット記事
甲30号証 インターネット記事
甲31号証 原子力安全に関するIAEA閣僚会議に対する日本国政府の報告書
甲32号証 我が国原子力発電所の安全性の確認について
甲33号証 新聞記事
甲34号証 新聞記事
甲35号証 判例タイムス(No903)
甲36号証 新聞記事
添 付 書 類
1.甲
各号証 各1通
2.全
部事項証明書 1通
3.訴
訟委任状 168通