こぶしの花
 むかし、むかし、あるところに、それはそれはきだてのよいむすめがおったそうな。
むらのわかものはみなよめごにしたいとおもっておったそうな。しょうやどののすえむすめでお花ともうしたそうな。こぶしの花のすきなむすめは、ときどきなえをうえにやまにはいっておったそうな。あるひのことやまにはいったお花は、よるになってもかえてこなかったそうな。むらじゅうのものがさがしまわったがみつからなかったそうな。
 熊も避けて通る程の強力の持ち主の樵の伍助殿は、三日後に御花殿を見つけ出したのでしたが、哀れ御花殿は余の恐怖にか気が触れるてしもうた。村人の中には伍助殿が何かしでかしたのではないかと陰口を叩く者も出て来た。人は余計な事を言いたがる者で在る。 佐太神宮の厠の傍で、変わり者の元侍の娘御たえ殿は伍助殿を見かけて揶揄うて見た。「其方程の男の子でも、神仏に頼まねば成らぬ程の悩みでも御有りなさるのかのう。咎人に天罰も降せぬ神仏に、何程の御利益が在る物のかのう」
『其方は、御花殿を哀れとは思わぬのか、早く病が治るように祈って居った丈じゃ』
『命の恩人の筈の此の儂の事を陰口を叩く者も居る。其れも儂が未だに結婚も出来無いで居るからじゃ。其方でも構わぬわ儂と結婚して呉れぬか、仮初の夫婦でも良いだがのう』「其の話、一体何人の娘御に言うて見た」「此んな阿呆な話、他の娘御には言える分けが無かろう、其方が初めてじゃ』「其の阿呆な話を何故妾に言うた」『其方は変わり者じゃけんひょっとしてと思うて言うて見た丈の話じゃ』「其方と言う男の子は、何んと言う男の子じゃ、ひっぱたいて遣わすから、覚悟しやれ」『如何しやった』「其の前にししが為とう成り申した、いぬで無いぞ、其方も為やるか」二人は厠に入り。御たえはししを為乍「真に哀れな話じゃのう、其方程の強力を以てしても、女心を捌けぬとはのう」
御たえ殿は何を勘違い為たのか嫌じゃとは言わ無かったそうな。質素乍も盛大に両家の珍奇な偽の婚禮は行われた。破鍋に綴蓋か、御たえ殿も何故か精を出して仕事に励んだ。 哀れ御花殿の心の病は一向に良く成ら無かった。庄屋殿は財力に物を言わせ。京の名医東の高層、怪しげな密教信教の行者まで呼び寄せたが、効果無く半年が過ぎてしもうた。 或夜の事、傍で寝て居た御たえ殿は、むくっと起き上がた伍助殿を見て。
「如何しゃった眠れぬのか」『其方は立っていばりはせんのか』「又寝惚けて居るのか」『又、困った事に成った、儂等の事を怪しいと陰口を叩く者が居った。子供でも居ればのう、其の様な事を言い出す者は居無いだろうにのう』「其様事で悩んで居ったのか、簡単な事じゃ、今夜丈に限って睦めば良い話じゃ、妾は疲れたので寝る」
御たえ殿は身籠り、軈て御腹も膨らんで来た。最早誰一人夫婦を疑う者は居無く成った 哀れ御花殿、早一年、春に成れば辛夷の花は谷一面に咲き乱れるが、其れを愛でる心は最早御花殿には無かった。思い倦た庄屋殿は末娘の心を開いた者には褒美を取らせると迄言い出した。其の褒美に目が眩んだ御たえは、夜な夜な考え込んでしまった。
「御花殿を屋敷の外に連れ出せれば咎人も動くだろうし、記憶の糸口も見つかろう程に」『連れ出す事等出来ん、四六時中見張りが付いて居るわ。屋敷を出る時は、婚禮の時か葬禮の時丈じゃ』「葬禮か」「御花殿には気の毒だが、偽の葬禮を出して貰う」
『偽の婚禮に偽の葬禮か人の考え付く事は本に愚かじゃのう』「其方が言うて何と為る」 或先勝の日に、御たえ殿は、一輪の辛夷の花の蕾を携えて庄屋殿の屋敷を訪れた。
『見た所ろ其方は身重の様うじゃが、其の様に花に似て可愛い顔して居っても、心は亡者か、何処の世界に娘を生きた儘埋葬する親が居るか』「心配は要らぬ息の出来る様には為て置く」「庄屋殿は鬼じゃ、末娘を生きた儘埋葬する気じゃと既に噂を流して有る」『何と』「此の薬を飲めば、痛みも苦しみも恐怖も消え去り死んだ様に眠れるそうな」「目が覚め無かったら何と為る」「一夜丈の暫しの辛抱じゃ、囮ぞ」「咎人は屹度正体を現れす筈」我が末娘可愛さの余りに庄屋殿は、御たえに薬を飲まし末娘と擦り替えてしもうた。 御たえは薬が早く切れてしまい、土の中の棺で目が覚めて、自ら考え付いた地獄を観てしまった。伍助殿は朝方まで待って見たが、咎人は遂に現れず、堪り兼ねて花の墓を暴いた。『遂に正体を現し居ったか。矢張り御前が咎人で在ったか』『御たえが中に』『何』 良かれと思って為た事がとんでもない事に成ってしもうた。庄屋は闕所家財没収と成り 庄屋夫婦と伍助夫婦の四人は磔獄門と成り、花は尼寺預りと成り、他の者は遠島に成った処刑の当日、得度を受ける為に御仏に手を合わせて居た時、花は不図我に返った。裸足で処刑場に着いた乱髪の花に奉行は『其方正気か、此処に咎人は居らぬか直答を許すぞ』急に空模様が悪く成り、真昼なのに夕暮れの様に暗く成り雷鳴が轟き出した、遂に天罰は降ったので有る。処刑用の槍の先に雷が落ちたので有る、見物人は蜘蛛の子を散らす様に逃げ帰ってしもうたが、乞食の様な格好の咎人だけが空腹の為にか動け無く成ってしもうた。「其方が彼の時の若武者か」何と咎人は城主さまの一人息子。花は両親を救う為に泣く泣く咎人と結婚し子供を産み、軈ては城主さまの奥方さまと成られましたが。一方伍助は一生たえの尻に敷かれっぱなしで在った。たえは五人もの子を産み落とし乍夫婦ごっこを一生涯続けたそうな、いやはや呆れ返った者では在が。兎に角、目出度し目出度し。

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