花浮き橋

 春爛漫で有った。谷一面の桜の花が満開の盛りを過ぎ散り始めて居った。一郎は草の上でデカルトの書物「方法序説」の読書に疲れ昼寝をして居ると華子が突然馬乗りに成って来て。
「退屈そうやね、気持ちの良い事して上げる。夫婦に成って上げる」女は身体を剃り寄せた。華子の口癖で有った。
 華子とは幼馴染で有ったが、小便垂れをしてはべそを掻いて居った小便臭い子供の頃とは違って居った 胸も脹らみ、蝶の様に好い女に変態と遂げて居った。
「春やね、春風が気持ち良いね、あんたも幸せ者やね、うちの様な美人の女と夫婦に成れて」「自分で美人や何て言い居って」女は一緒に傍に寝転がった。一輪の桜の花を拾い、匂いを嗅ぎ、愛でて居った。女で有った。
「御乳を触らして上げる、興奮し過ぎて御粗相をせぬ様にな」「御免、おならが出てしもうた」
「一郎ちゃん、仲が好いな、善い御嫁さんが見つかって良かったな」「人が見て笑って居るではないか」「なあ、あんた、やや子は何人欲しい」女は一郎の気持ち等聞か無いので有った。一郎も一郎で何を思うたか突然華子に接吻をしてしまったので有る。女は全てを許して居った。
「意気地無し」「見てみ、水面に花浮き橋が出来て居るえ、桜吹雪や、うち催して来てしもうた、しっこをチビリそうや」女は前を弄ってしまい。淫らにスカートをたくし上げて捲くり上げ舞い踊ってしまいよった。春で有った、呆れた女で有った。
 花吹雪が谷を舞い、川の淀みに花浮き橋を作って居った。美しくとも渡れぬ橋で有る。華子の想いは届か無かったので有る。

 夏真盛りで有った。谷一面で煩い程の蝉時雨で有った。一郎はカントの難解な哲学書「純粋理性批判」に読書に疲れて昼寝をして居ったら、又華子が遣って来てしまって馬乗りに成って、書物を覗き込んで。「難しい学術書を読んで居ると思って居たら卑猥な性の本なんか読みよって、阿呆。まあ良い、男とはそういう者や、其れで正常や軽蔑等せぬ」何やら勘違いをして居った。
「好い加減に観念してうちと夫婦に成れ」と馬乗りの儘脅迫し胸倉を掴んで詰め寄り喚いて居る拍子に華子は時成らぬ驟雨を降らせてしまった。大洪水で有った。
「阿呆、何て事をしょるか」「御免、堪忍、御粗相をしてしもうた」男は呆れ返り、女は恥ずかしさの余り放心状態で有った。
 二人は川に入り衣服の穢れを洗って居った。「好えか、誰にも言うたらあかんで、言うたらしばくで」 怖い女で有った。
「一郎ちゃん、御嫁さんと仲良う二人で川の中で何してんのう」「人が見て笑って居るではないか」
「前は触るなと前から言って居るだろうに」「やや子が欲しくて、もう我慢でけへんかった」と言って前を弄ってしまうのであった。
「いい加減にせい、笑われてしもうたじゃないか、御前には羞恥心が無いのんか」
 真夏の強烈な太陽が濡れた衣服も直ぐに乾かした。「阿呆、小便垂れなんかしょって」何ぼ叱っても、暖簾に腕押し、糠に釘で有った。呆れた果てた女で有った。

 秋深しで有った。谷一面紅葉し、一面に赤や黄に紅葉した落ち葉で緋毛氈、黄金の絨毯を敷き詰めた様で有った。
 一郎は落ち葉の絨毯の上で、ショウペンハウエルの哲学書「知性について」に読書に疲れて昼寝をして居ったら、又又華子が馬乗りに成って来て。
「うち、あんたと夫婦に成る事に決めたわ、あんたの気持ち等もう聞けへん、阿呆、呆け、糟」
「せや、又御粗相をしでかしたら大変や、叱られてしまう」女はスカートの中へ手を居れて・・・
「真坂、此処でする心算では無いだろうな」「見せて上げる」「何て事をしよる、男の前で恥ずかしく無いのんか」「到頭、気が触れるてしまったのか、はしたない、もう許せん御仕置きをしてやる」一郎は華子を犯してしまった。女は号泣してしまった。
「痛かったのか、もう泣くな、悪かった謝る」「うち、嬉しい」
「一郎ちゃん、お嫁さんを虐めたらあかんで」「人が見て居るでないか」
「うちら、もう夫婦に成ってしもたんか」女は関係を持つと夫婦に成るものと思い込んで居った。
 秋は物悲しく、侘しくて独り者には辛い季節でも有った。

 冬寒しで有った。初雪の舞う中、未だ夜明け前の元旦で有った。猫の足跡梅の花。一郎は佐太神宮に初詣に詣でた。
「又、見っけた」華子は一郎を後ろから抱き締めてしまった。境内の焚き火で暖を取って居った。
「二人連れで詣でてたら、何やら夫婦に成った様な変な気に成るわね、早ようやや子が出来たら良いのになあ」帰り道「如何した」女はモジモジしだした「急に便所に行きたく成った、便所を拝借したい」と言い出しては駄々を捏ね、一郎の家に無理矢理上がり込んでしまい、又、座敷の上で一郎に馬乗りに成りふざけて遊んで居る処を、一郎の母親の欄に見付かってしもうた。
「まあ、元気な娘御や事、あんたが華子さんか、一郎と夫婦に成ると勝手に言い触らしてるらしいが、わてが歳往って足腰が起た無く成ったら、尿糞の世話も嫌がらずして呉れるのんか」母親は厭味を言うた。「もう、夫婦に成ってしもうた」「何やて」
「叶わぬ願いと分かって居ても、御母はん、今宵丈目を瞑って、夫婦ごっこをさせて」
 女は泊まり込む心算らしい。「難儀な娘御や、盛りが憑いてしまって居るのか、其の前に二人でもう一度風呂に入って体を清め」二人は済まし顔で湯殿に入った。「あんたの御母はんも変わって居るね。二人で風呂に入りやて、まだ結婚もして居ない男と女をやで、間違いでも起きたら如何する心算なんやろ」

 一郎は華子が子を宿した事も知らずに何を思たか、海外で援助活動をしたいと突然言い出して聞か無かった。「学業を棒に振って迄外国に行きたいんか、家族を見捨てて行ってしまうのんか」「うちを避ける為に、行ってしまうのんか」「そんな大層な」気でも振れてしまったので有ろうか。後、もう少しで大学を卒業出来、卒業証書も手に入り、一流企業にも入社出来ると言うのに。誠に阿呆で有った。紛争地域の国際支援をして居ったが、或る日武装部族に拉致されてしまい、拷問を受け、移動の途中に船舶事故にも遭遇し、行方不明に成ってしまい、音信がぷつりと絶えた。
 遺体も見付からず、挙句の果てに死亡した事に成り、葬式を挙げ、墓まで作られた。
 一郎は南国の異国の地で武装部族に拉致され拷問を受け、処刑寸前の恐怖に曝され、移動中に船舶事故に遭い武装部族からは辛くも逃れたが、流木に摑まり海迄流され漁師に幸運にも助けられたが、頭を打ち血を流し記憶喪失に成り、片言の英語も通じぬ世界まして日本語等通じる筈も無く。言葉の不自由も加わって、地獄、煉獄の苦しみを味わって居った。

 言葉を覚える丈で、丸九年もの長き年月が空しく過ぎ去った或る日、南国亜細亜の異国の地の釈迦の涅槃像を自分で作った木の実の数珠を手に拝んで居る時、ふと日本の記憶が蘇った。御金も無く、旅券や査証等の渡航証明書も無く帰るに帰れぬ異国の地、異国の政府の計らいも有り。やっと帰れる事とあい成ったが。
 一郎は朧な記憶を頼りに生家にやっと戻れた。昔乍の旧家の儘で有った。戸を開けっ放しにした儘誰も居らず、座敷の上を猫が悠然と歩いて居った。自分の家に勝手に上がり込むと、仏壇を見ると自分の戒名らしきものが有った。座敷の欄間の隅に以前に他界した曾祖父や祖母の写真と一緒に自分の学生時代の写真が掛かって居た。遺影で有った。
「こら、泥棒」元気な女が突然座敷に押し倒し馬乗りに成り、胸倉を捕まえた。
「一郎さんか」「華子か」「お母ちゃん何か有ったんか」                      「華子、此んな処で何をして居る」「あんた、死んでは居らなんだのか」「心配掛け居って、阿呆」
 一郎は想いっきりしばかれてしもうた。
「彼の子は何処の子じゃ」「あんたの子に決まって居るがな」
「一寸待って、着替えて来るよって、吃驚した拍子にしっこをチビッてしもうた」華子は相変らずで有った。
 華子は一郎を風呂に入る事を勧めた。
「御背中を御流しますわ」「此の傷は、拷問でも受けたんか、もう二度と外国には行かせぬ」一郎の背中を抱き竦めてしもうた。「うちも入ろ」華子は裸に成ってしもうた。「うちも入る」娘の和美も入って来てしもうた。
「御母ちゃんたら、今日に限って御そそを念入りに洗ったりして、何か有るの」「阿呆」
「和美ちゃん、今夜は御祖母ちゃんと寝ましょ」「何で、御母ちゃんと寝たいのに」駄々を捏ねる娘。
 朝に成って。
「お母ちゃんたら好い歳放いてみっともない、おねしょなんかして」呆れ返る娘。
「あんたも時々遣らかすやろ」
 次の日、家族揃って墓参りをした。自分の名前の刻まれた墓石を見て、感慨に耽って居った。
 和尚が有り難い御経を挙げて呉れた
「お母ちゃんたら、みっともない、此んな時におならなんか放いて、下品ではしたない」「和美、静かにし」
 華子はやがて身篭り、男の子を産み落とした。和美は弟が出来て喜び弟を可愛がり、母親代わりに面倒を見た。
 一郎は懲りずに又、外国の紛争地帯に援助に行きたい蟲が騒ぎ出し、又行きたいと頻りに言い出したが 華子は二度と行かせなかった。御蔭で二人は白髪の生える迄長生き出来た。外国に行き拉致され酷い目に遭う事件が今だに後を絶たず。其の度に華子は夫に。
「あんたもああ成りたいんか、阿呆、呆け」と叱たので有った。国際援助は良い事に違い無いが。
 飼い猫の玉は座敷の真ん中で大の字に成って昼寝をして居った華子の御腹の上で悠然と昼寝を共にして居った。天下泰平で有った。





            2006−04−23−118−01−OSAKA



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