勘違いをした女

 鰥夫暮らしの憲次は同じく寡婦暮らしの一美に憧れて居ったが、迂闊な事を言って恥を掻きたく無い思いが強く、指を銜えて見て居る丈の人生でも有った。日頃は課が違う為に話す事も滅多に無かったので有る。会社の秋のレクレーションの有った或る日、其のお食事会の帰り偶然お店のエレベータで二人きりに成り。
「偶には家に遊びにいらっしゃりません」と誘った。
「ほほー、あんたはうちに気でも有ったんか」と言われてしまった。余計な事を言ってしまったと後悔し出した。次の週もその次の週も一美は来無かったが、其の次の日曜日に遣って来た。
「お言葉に甘えて、遊びにきてしまったえ、家の庭の菊の花を持って来てあげたえ」
「よう、いらっしゃい」
「何じゃ、この部屋の暴れ様は、これが嫁御を娶る男のする事か」女は呆れ帰って居った。
「此処は静かやわね、裏の竹薮は何処の物じゃ、道端には毒矯みがようけ生えてたえ、十薬を買わんでもすむえ」
「ええ、この家の地所か、春には竹の子も掘れるのか」
「あれれ、猫が遣って来たえ、飼ってらしゃるの」「隣の猫が時々遊びに来よる」
「まあ、厚かましい事」猫は女を無視して座敷の真ん中で寝転がり、毛繕いを始めてしまった。
「私も横に成ろうと、あんたもここに横に成りて」
 二人は座布団を枕に天井の板の染みを見つめ乍。
「なあ、あんたはやや子が何人欲しいのん」女は何やら勘違いをして居る様でも有った。
「御免、お手水に又生きたく成った」女は小用が近いので有った、早速便所を借りた。
「あんた、洗濯物がようけ貯まって居るえ、替えの下着が有るのんか、寒成って来ると直ぐには乾かへんで」女は男の鰥夫暮らしに見るに見かねて洗濯を始めてしまった。男の汚れたパンツ等誰しも手にしたく無い物を。
 台所の片付けも勝手に始めてしまった。
「あんた、御腹が空けへん」勝手に冷蔵庫を開け何やら炊き出した。猫は匂いを嗅ぎつけて甘えて足に纏わり着く有様で有った。
「これ、踏んでしまうがな」

 女は便所に行きたいのか時々前を押さえ乍、何やらモジモジと、淫らで有った。
「一美さん、初めてのお客さんに台所の片付け等して貰ってわ、申し訳無い」
「御免なさい、男の人の前でおなら何か放いてしもうた」
 恥ずかしがって両手で口を覆い頬を赤らめる女。
 男はそんな健気な女を見て堪ら無く成り、抱きすくめて接吻をしてしまった。
「おしっこを我慢して居る時に、へんな事し居って、チビルや無いか、この阿呆垂れ」痛く無い拳骨が頭に飛んで来た。女と言う者は叩き返され無い事を知って、悪さを為居るので有る。
「あんた、今何をし居ったんじゃ」「私を辱めてやや子を産ませる気で誘ったんか」
「まあよい、男たはそう言うものじゃ、御尻を触らしてあげる、御乳も触らしてあげる、私もやや子が欲しい」女は催して居るのか前を押さえ又モジモジと。
「おしっこ済ませたら、帰るわ、来週の土曜日に又、来てあげるよってな、喜び過ぎておしっこチビリなや」女はもう女房に成った気に成ってしまって居ったので有った。

 次の土曜日に遣って来ては座敷で新聞を大きく広げて読んで居ると、又隣の猫が遣って来て背中に乗った。
「こら、何処に載るのんえ」呆れる女。                             
「あかんわ、一日では片付くかぬわ、明日又来るのが面倒やしな」女は泊まって帰る積もりらしい。
 蒲団を敷き乍。
「男臭い、お客さま用の蒲団位買っとけば良いのに」
「言うとくけど、変な事したらおしっこ引っ掛けるよってな」御下劣な女で有った。

「こんな事して居たら夫婦に成った様な変な気分に成るわね、お乳なら触っても打つたりせいへんで」
「一美さんは腋毛は剃らぬのか」「あんたも阿呆やね」女は直ぐに寝たしまった、男は眠れぬ地獄の一夜を過ごす事とあい成った。真夜中に隣の猫が又遣って来て枕元で啼き二人の蒲団の間に忍び込んだ。
「こら、何処で寝て居るのじゃ」人に対する恐怖等微塵も無い様で有った。

 味噌汁の匂いで男は目を覚ました。
「なあ、あんたはおしっこチビラへんかったか、うちは嬉しく成ってしまってチビッてしまったわ」何やら尾篭な話で有る。
「うち、やや子が欲しく成ってしまった。なあ、結婚せいへん」女は盛りが憑いてしまったので有った。「この猫、自分の家を間違えてしまって居るえ」膝の上の猫を撫で乍言うた。

 次の土曜日も遣って来て、又泊まって帰る積もりらしい。
「一緒にお風呂入ろな、背中を流してあげるよってな、楽しみにしな」
「お風呂に入る前には、おしっこしとくねんえ」子供扱いで有った。
「あんた、もう上がってしまうのんか、烏の行水か、一寸待ちや」女は慌てて便所に行くのも忘れ、掛かり湯をするのも忘れて湯船に飛び込んだ。
「あんな、何処を見つめて居るねんや、そんなに見つめたら恥ずかしいやないか」
「背中を流して上げる」女は男の背中を流し居たが、愛おしく成ったのか背中に抱き着いて乳房を背中に押し付けた時、隣の猫が遣って来て扉を爪で引っ掻いて啼いた。
「お前も入りたいのんか」「喉が渇いて居る丈だよ」女は嫌がる猫を洗面桶に入れて無理やり洗ってしまった、迷惑な話で有る風邪を引かねば良いが。
 男は女の下品さに呆れ帰ってしまった。お湯の中で屁を放いて手拭で泡の照る照る坊主を作って遊びよるので有った。
「あ、豪い事した、おしっこするのを忘れたもう我慢でけへん、此処でしてしもても良いか」
「一美さんたら、そんな汚い事を」「でも、男の人の前でなんか何ぼ何でも出来けへん」
「もう許さんはしたない事ばかりし居って」男は怒って女を後ろから野獣の様に犯してしまった。女は我慢でき無く成って、交わり乍、尿垂れをしてしまった。

「ええか、おしっこ放いてしもた事、誰にも結うたらあかんで」女は釘を刺した。
「一美さんはブラジャーは着けぬのか」「あんたも阿呆やね」
 たった一度の過ちで女はやや子が出来てしまい夫婦に成る羽目に成った。隣の猫も家に居座ってしまったが、隣からは何の音沙汰や苦情も終に来無かった。
 御腹も大きく成り隠し切れずに成っての婚礼の当日、女は妊娠の為か下の締まりが緩みぱなしに成ってしまい。メンスでも無いのに生理パットを当てる始末で有った。高い貸し衣装を汚さぬか心配して居ったので有った。
 やがて、女は玉の様な男の子を産み落とした。御産の為か又々下の締まりが悪く成った。二人は吉日にやや子を抱いて、近くの佐太天神宮に御宮参りに出かけた、何やら自慢げで有ったが、帰るなり慎み無く便所に駆け込む始末で有った。
 憲太は子供が産まれ物入りが増え給料も賞与も儘なら無く成り、煙草銭にも事欠く始末で有った。一美は相変わらず下品で男の前で平気で屁を放ので有った。牡丹餅を作る度に手が塞がって居ると言っては鼻汁を擤ませるので有った。御乳は良く出てたので有った。人前でも平気で飲ませるので有った。御蔭でやや子も元気に育ち医者要らずで有ったが。憲次は健康に良いと不味い自家製の十薬を飲まされ続ける羽目に成った。
 春に成ると二人は裏の竹薮に入っては竹の子を掘るので有った。何故か風邪気味の時に限って牡丹餅を作りたがるので有った。夏休みに成ると兄弟の子が昆虫採集に良く遣って来ては川で泳いで遊びよるので有った。犬を拾って来てはマンションでは飼えぬと叱られ。結局、憲次が飼う羽目に。腰を痛め滅多に来無かった母者迄孫の顔を見に度々来る様に成った。猫が居て、犬が居て、天井裏では鼠と鼬が運動会をし狸がウロウロ歩き廻り、卵のおまけに貰って来た雛も大きな雄鶏に成長し朝には啼き出し、烏が群れで啼き、蝉が鳴き、何やら急ににぎやかに成ってしまった。
 憲次が座敷で昼寝をすると決まって猫が遣って来ては、片足を御腹に載せて啼くので有った。御腹の上で昼寝をする猫。小便を我慢する練習の為と称して、前を押さえてしゃがみこみ家鴨の様に御尻を振りながら喘ぐ女房。天下泰平で有った。








          2006−11−12−177−02−01−OSAKA



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