口悪女と無口男

 五人の兄妹の内唯一女子の末娘の天女は本に天女の様な女で有ったが、九回も見合いを為、九回とも断られて居ったので有る。今まで気の進まぬ相手で有ったので、断られて良かったと自分を慰めて居ったもので有る。不憫に思った近村の寺の和尚は、此れが最後で有ると天女を説得して、断られるのを恐れて一度も見合い等しなかった独り者の平助と見合いをさせた。平助は恋愛等一度も経験した事が無い無口で不器用者でも有った。平助は見合い写真を見て一目惚れしてしまた、真に見目麗しいき女性で有った。天女は見合いしては何故断られたかが全く理解出来て無かったので有る。母を早くに亡くし男手で育てられた為でも有るが、母から天性の美貌を受け継いで居ったので有った、口さえ利かねば淑女で有った。

 天女も平助が気に入ったのか緊張しっ放しで、緊張の余りか見合いの最中におならを放いてしまったから恥ずかしい事に、平助が機転を利かし天女を救ったので天女は夫婦を決めた。屁を放いて夫婦を決め込んでしまったので有る。其の内に憚りにも行きたく成り困った事に。如何にも我慢出来無く成り矢庭に立ち上がろうとしたが脚が痺れて思わぬ醜態を。
「天女さん何処へ行かれますの」「一寸しょんべん放きに、あんたも一緒に放き」やや子の様に這い乍平助を誘った。二人が憚りに立ち、残された仲人の寺の和尚夫婦と天女の父者と平助の母者は呆れ返ってしまった。
 用を済ませ気を好くした女は
「気に入った、うち、結婚してあげる」と言って勝手に夫婦宣言をしてしまった。天女は近くの佐太天神宮に御参りしたいと言い出し駄々を捏ね二人は連れもって神社に。「こうして並んで御参りして居ると、夫婦に成ってしまった様な変な気に成るわね、連れもて行こな」
 拝殿前に並んで手お合わせてた、其の時平助は何を思ったは天女の御尻を触ってしまったから大変な事に。
「おんどれは今何さらしけつかんねん、うちのけつなんかさわりけつかって(貴方は、今何なさった、私の御尻なんか触たりして)」と天女さまは申された。                        「もう、我慢が出来ん、其方が好きに成ってしもうた、丸で母者の若い頃の様じゃ」と平助は言った。「うち又、しょんべん放きたく成った、おんどれは此処で誰も来ぬか見張ってて」「真逆、此んな処でする訳じゃ」「放いてしもうたらもっと恥ずかしいやないか」
 天女は無理やり小走りで平助の家に草履を揃える余裕も無しににそそくさと上がり込んでしまた。
「便所は何処じゃ」「おんどれも放き」放き乍。「おんどれは幸せ者やね、うちみたいな美人と夫婦に成れて」平助はむらむらと成ってしまい、行き成り天女を便所の壁に押し付けて接吻してしまったから大変な事に。「おんどれは又何さらしけつかんねんや」「今日は帰さん、観念せえ」「判ったわおんどれがぬかす通りにする」
 用を済ませスッキリして家が気に入ったのか、観念したのか帰る気は無い様でも有った。
「これから晩のまま炊いてあげるけ、おんどれは喰らうか」と天女さまは申された。
 天女は余所行きの晴れ着に襷掛けをした何やら夕食の用意を始めだした。
「まま炊けたえ、喰らいさらさんか」
「天女殿は家には帰らぬのか」「何をぬかすか、おんどれが帰さぬとぬかしたのではなかったのか」
「見合いの日に泊まり込んでは、はしたない女子と思われてまいますぞ」
「何をほざくか此の助平野郎めが、見合いをした日に、うちのけつなんか触わりさらすわ、接吻しさらすわじゃ、痴漢は犯罪ぞ、御前見たいな男が居るから、此の大阪の風紀が乱れるのじゃ、阿呆垂れ、目が覚める様にしょんべんでも引っ掛けたろか」
「御父はんに連絡せぬとも良いのんか、帰りを心配して居るぞ」
「もう夫婦に決めた。田舎言葉が終でてしもうて、又断られたと言い訳すのか、もう懲り懲りじゃ、口悪に聞こえるのは大阪の方言のせいじゃ」「天女殿」「ああ、又、何処を触りけつかるのじゃ、おんどれは病気か」「うちの亭主が助平で変態でも構わぬ」「嫌じゃ、嫌じゃ、又断られて恥の上塗りは嫌じゃ、うちあんたで我慢したる、今日からもう夫婦じゃ」「判った、もう泣くな」「顔を殴られ、背中を蹴られ尿垂をしてしもうても、もう二度と家には帰らぬ」豪い事に成った。

「風呂沸いたえ、早よう這入さらさんか」

「御免、しょんべん放いてたら遅成ってしもうた、あーあー、余所行きの着慣れぬ着物は脱ぐのも大変じゃ」女は一人言を言い乍素裸に成って入って来てしもうた、手拭で前を隠す気等無いのか、平助は目の遣り場に困ってしもうた。
「おんどれは何恥ずかしがって居るのじゃ、夫婦なら一緒に風呂に入るのは当然じゃろ。背中を流してあげるから早よあがり」
「おんどれも男子やね、さっきから何処を見詰めて居るのじゃ」
「おんどれは相変わらず無口じゃのう、何とかぬかせ」
「むっつり助平とは其方の事じゃ、御尻は触るわ、御乳は触るわ、おそそは触りたがるわ、尿垂れは見たがるわじゃ」
「もう許さん、はしたない事ばかり口にし居って」
 平助は天女を犬の様に後ろから犯してしまったから大変な事に。
「あーあーあーあー」「静かにせ!」「今、今何さらしてけつかんねんや、盛りさらしてけつかるのか」「黙れ!」「やや子を作ってけつかるのか、もう夫婦に成ってしまて居るのんか」「煩い!」「こんな悪さなんかしょって、恥ずかしくは無いのんか」「口を慎め!」「強姦は犯罪ぞ、臭い飯を喰らいたいのんか、目が覚める様にしょんべん引っ掛けたろか」「言う事を聞け!」「おんどれには、理性も道徳も無いのんか」「・・・」「御仏が全てを見通して居られると言うのに何をさらしけつかるのんじゃ」「・・・」「うちの処女を奪って、罪の意識は無いのんか」「・・・」「和尚に童貞だ何て大嘘を吐き居って」「・・・」「これが初夜の心算か・・・」「・・・」「あーあーあーあー」「声を出すな、外に聞こえる・・・」

 天女は蒲団を敷き乍文句百垂れ。
「阿呆垂れ、わてにあんな悪さをしさらし居って、呆れ果てた男子じゃ、わてにやや子でも出来たら何とする」
 座布団を二つに折って平助の枕と並べた。
「真逆、此処で一緒に寝る心算じゃ」
「後悔してももう手遅れじゃ、さっき夫婦に成ってしまったばっかりではないか」
「おんどれは男子だから学校の家庭科で夫婦の心得は教わ無かったのか」

「今日は、疲れ果てた、わてはもう寝る、おんどれも早よう寝さらせ」と着物の帯を解き乍、天女さまは申されので御座います。

 朝に成って平助は夢現で天女の御乳を触ってしまって居った。
「何時までわての御乳を触ったら気が済むのじゃ、おんどれはやや子か」

 二人は麩と葱の味噌汁と大根の漬け物丈の質素な食事を取り乍。
「呆れ果てた男子じゃ、仲人の寺のおっさんにわてとの事何と言い訳する気じゃ、見合いの日にわてをいてこましてしまったとぬかしさらす気か」
「遠慮して屁も放け無い様な窮屈な人生はもう嫌じゃ、放きたい時に放く、おんどれの指図は受けん、遣りたい様に遣る」と言い乍屁を放った。
「おんどれ、何処へ行さらすねんや」「しっこじゃ」「男ならしょんべんと言いさらせ」
「あ、おっさんが参らえられた」天女は寺の和尚に丈は余所行きの丁寧な言葉を使うので有った。
「和尚さん、昨日は大変御世話を御かけ致しました。御掛けで目出度く夫婦に成れましたわ、もう心配為さら無いで下さいまし。わたしの御父はんには幸せにして居ると宜しゅうに。・・・」

 一度の過ちで、やや子が出来てしまい。
「阿呆、未だ結婚式も挙げて居らぬのにやや子が出来てしまいおんどれは如何さらす気じゃ」
「何とかぬかせ、此のむっつり助平」
「おんどれは病気か、御尻は触るわ、御乳は触るわ、やや子は作るわ、悪さの限りをさらして置き乍、未だ踏ん切りが付かぬ様じゃな」
 天女の御腹が大きく成り世間を欺く事が出来ず、内輪で和尚を招いて仏前で挙式をあげた。地毛で文金高島田に髪を結い、角隠しを着け、白無垢の打掛姿の花嫁御寮は恥を掻かじと口を閉ざし貝に成ってしまった。
 身重のせいか式の最中に憚りに行きたく成った。花嫁御寮は仏壇の前ににじり寄り、先祖や御仏に禱った。
 如何にも我慢出来無く成り、立ち上がるも脚が痺れて又々醜態を。
「天女さんへ行かれますのん」「一寸しょんべんに」「こんな時に花嫁御寮がしょんべんや何て」「又、出てしもうた」花嫁御寮は両手で口を押さえた。「ええ」呆れ返る御坊に親戚縁者、近所の見物人に通りすがりの赤の他人の野次馬。
 天女は相変わらずで有った。
 やがて玉の様な元気は男の子を産み落とした、近くの佐太天神宮に御宮参りに出かけた。何やら自慢げでも有った。子供は元気一杯で病気一つせず、次々に三人もの男子を生み落とした。
「一郎、次郎、三郎此処にへたり。又悪さしけつかたのか、早よ謝りさらせ、此の阿呆垂れ、又わてが謝りに行かなあかんのんか」

 四人目の子で初めて女子が産まれ天女の喜びも一入で有った。三人の兄達は元気一杯悪さのし放題で母者にしかられぱなしで有ったが、末娘丈は誰に似たのか淑やかな娘に育った。
 娘の悩みは母者の口の悪さで有った。友達を家にも呼べぬし、学校の先生との参観日の懇談会や家庭訪問で恥を掻かねばと本に悩んで居ったので有る。
 やがて長男は会社社長に、次男は医師に、三男は弁護士に成った、末娘は善き男子に嫁ぎ夫の愛を受け子に恵まれ幸せに暮らした。
 母者の天女は相変わらずで口が悪るいのは終に直ら無かった。長男の嫁も呆れて居った。主人の平助は何を言われても応え無いのか相変わらず無口で有った。

 時が流れ一郎の嫁御は四人もの子を産み落とし。天女は長男の嫁に所帯を任し婆さまに成った。
 白寿を迎えた歳の或る日、其の滅多に病気等せぬ婆さまが風邪で寝込んでしまった。何を思うてか親戚が寄り集まった。
「おかやん、最後に何か言い残して置く事は無いのんか」と一郎が言うた。
「又、同じ事を聞きさらすか、風邪位で死ぬと思ってか、阿呆垂れ」
「おかやん、何か食べたい物は無いのんか」と次郎が言うた。
「もう二度と此処へは来るで無い、わてが死んでから来」
「おかやん、誰か会いたい人は居無いのんか」と三郎が言うた。
「長生きはするもので無か、知ってる人は皆先に逝ってしもうた」
「おかやん、憚りには行っとかんで良いのんか」と末娘が言うた。
「なんやて」「御手水には行とかんで良いのんか」耳元で大きな声で言うた。
「わてが、糞垂れでもすると思うてか、阿呆垂れ、便所位未だ歩いて行けるわ」


 天女は、其の歳から更に四年も長生きし、やっと口の悪いのは直った。口を閉ざし貝に成ってしまた。







          2007−03−11−207−03−01−OSAKA




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