貧乏神の置き土産

 むかし、むかし、あるところに、それはそれはぐうたらな侍がおったそうな、何時迄経っても未熟な為とうとう不熟で改易されてしもうたそうな。浪人の身と成っても、金持ちの家を見つけては、居候を決め込んでは、何もせず用心棒と称して、只飯を食らって居ったそうな。
 或る日の事、浪人は子宝地蔵の祠の傍で、上品な商家の御内儀が其れは其れは熱心に祈願をして居たのを見かけた。御内儀は余程ややが欲しいので有ろう。男は後を付けて行くと若者達が娘を虐めて居った
「こら、家の娘に何をするか」「御侍さま助けて下され」
 若者達を打ん殴り追い散らしてしまったが、娘は足を挫いてしまった。娘を負ぶって辛くも家に上がり込んでしまった。娘の恩人を無碍に追い返すわけにも行かず・・・。
 浪人は余程居心地が良かったのか、中々帰ろうとはせなんだそうな。
「のう、御主人、儂は帰る家も無くて今日まで厄介に成ってしもうたが、迷惑掛け序でに月末まで置いて貰えぬかのう、其の代わりに、三人の願いを叶えたいが。娘の願いは既に叶えた。御内儀の祈願も其の内叶うで有ろうが。最後に御主人の願いも叶えたいが、何か御座るかのう」
「儂の事を、人は貧乏神と言うて毛嫌いする者も居るが、武士に二言は無いぞ言うてみなされ」
「じつわ、先の先代も御亡く成りに成られた大火事の時の事だが、儂が井戸に確かに投げ込んだ大福帳が後でなんぼ探しても見つからなかった、何とか戻らぬものかと、神仏に毎朝拝んで居るが」
「其れは難しい話じゃのう。御内儀の願いの様にの簡単には行かぬぞ」
 男が居候をしだしてからは何一つ良い事は無かった。親戚に不幸が相次で居た。
 或る日、到頭強盗に入られてしもうた。
「金蔵の鍵の在りかを言えは、命までは取らぬ」
「信じては成りませんぬぞ、約束を守る位なら此の様な非道はせぬ」
「呆れた者だ、命より金が大事か、彼の世まで金は持っては行けぬぞ」
「決して教えては成りませぬぞ、・・・」
「教えたら皆殺しにされてしまいまするぞ」
「可愛い娘を殺されてもか」「わかった」
「金蔵の鍵は用心棒の御浪人に預けた」「お前さまは到頭耄碌されたか、大事な大事な金蔵の鍵を、彼の穀潰しの貧乏神に預けなさったか、お得意先から預かった大事なお金を何と心得居るか」
「彼の御方は娘の命の恩人ぞ」「男は今何処に居る」
「今頃は近くの飲み屋で酒でも飲んで居るので有ろう」「肝心な時に居らぬ役立たずめが」
「彼の方は神様成るぞ、滅多な事言っては成らぬ、罰が当たりますぞ」「何て事を言いなさる」
「お前さまのお人良しには呆れ返りもうした、明日からわてが店に出ます。貴方は厠の掃除でもしてなはれ」「主人の儂に向かった何て事を言い出し居るか」
「尻が大きいから直ぐにも子供が出来ると思って居ったら、三年経っても、子が出来ん石女ではないか、当てが外れるとは此の事じゃ」
「四人もの先妻の娘をわてに押し付けと居て、娘の尿垂れの世話までさせられるとは思っても見なかったは、男の子が生まれんのは日頃の精進の悪さの天罰じゃ」「此の人で無しめが」
「口では偉そう事言って居っても、恐ろしさの余り尿垂れをし居ったか」
「人を殺すのを何とも思わぬ鬼畜達を前にしたら、誰でも其う成る、恥ずかしい事では無か」
 運悪く貧乏神の御帰還。
「何じゃお前たちは、盗賊か。今こそ成敗して呉れるわ」
「何じゃ其の刀の封印は」「此れか、無闇に人を切らぬ為の戒めじゃ」
「今こそ家伝の名刀村正の切れ味を見せて呉れるは、覚悟致せい」
「竹光で人を切り居るのか」「しまった!、質に入れるてしもうたのを忘れて居った」
「彼の男が神様か、はあ、此の馬鹿たれめが」
「鍵は如何した、蔵の鍵じゃ、主人から預かったで有ろう」
「ああ、彼の鍵か、飲み屋の亭主がつけを払えとひつこく言うのでな、借金の形に置いて来た」
「金蔵の鍵を飲み屋の借金の形に置いて来たのか」「阿呆たれめが」
 そうこうして居る内に。運悪く飲み屋の亭主の御訪問。御主人に何やら相談が有るらしく。
「此んな夜分に真に申し訳御座らぬが、是非、如何しても旦那さまに相談したい事が御座いまして」
「此れは如何した事じゃ」
「飲み屋の亭主か、此の浪人から借金の形に蔵の鍵をせしめたで有ろう、鍵を出せ」
「鍵などは預かっては居らぬわ」「あらためてみい」「隠し持って居りました」
「如何する気じゃ、儂が戻らぬと、火付け盗賊改め方に通報する手はずに成って居るが」
「心配致すな、其ん様な手はずが出来て居れば、自分から言い出す筈も無か」
「御頭、金蔵に金が無か」「其んな阿呆な」
「謀りよったな、御主人、何処に金を隠し居った」
「金が在るとは一度も言って居らぬぞ」「我が家の家計は火の車じゃ」
「わてまで騙したのか、一生不自由はさせぬと言うたでは無いのか」
「此の侭では気が済まぬ、皆殺しにして呉れるわ」「御頭も到頭耄碌されたか、金も手に入らぬのに殺しをせよと謂い出し為さるかのう、儂はもう御免蒙りとう御座居ます」
「火盗改めも来るようですし、儂達は逃げますで、御頭は如何さいます」
「此の飲み屋の亭主の大嘘吐きを確かめてからになあ」
「難儀な事に成ったのう、儂が捕まれり、金蔵に金が無いのが世間にしれたら、商いも成り立たぬぞ」
「もう直夜が明けますがのう」「やはり飲み屋の亭主は大嘘吐きで有ったか」
「妙な控え書が手に入って此処だと決めたが当てが外れたか、此の辺が潮時ぞ、此れをお前さんに遣るから、もっと商いを勉強なされて商いに精を出され」「此れは先代の大福帳」御内儀は吐いてしまった。
「御内儀は身重か、もっと御内儀を大事に成されて、戸締りに気を付けなされ」
 娘が起きて。
「何か有ったのか」「眠れんのか悪い夢でも見おったか」「母さまの着物はどうして濡れて居るのじゃ」「神様は何処へ行かれた、貧乏神さまじゃ」
「御礼を言わねば」最早浪人も、飲み屋の亭主も、盗賊の頭も何処にも居て無んだそうな。
 主人は心を入れ替え、商いに精進し、金蔵には又、元通りに金だ貯まって行ったそうな。御内儀は其の内玉の様な男の子を産んだが、我が子以上に、先妻の娘達を大事にしたそうな。
 何はともあれ三人の願いは叶えられたので有る、目出度し、目出度し。

              2005−05−08−33−OSAKA


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