ひらかたパークは開園100周年記念

 「ひらパー」の愛称で親しまれる老舗遊園地「ひらかたパーク」(大阪府枚方市)が今年、開園100年を迎えた。少子化や大手テーマパークの台頭などで中小の遊園地が閉園に追い込まれる中、小さな子供向けのサービスや、笑いを取り入れた独自のPR戦略で奮闘を続ける。関西ではこのほか、大手テーマパークと競合しない郊外の遊園地が健闘している。
 ひらパーは「枚方遊園地」として1912年10月に開園した。高度経済成長期は多くの入場者でにぎわったが、74年の約160万人をピークに減少。少子化に加えて、01年に「ユニバーサル・スタジオ・ジャパン」(USJ、大阪市此花区)が開業し、人気を集めた。03〜06年には、宝塚ファミリーランド(兵庫県宝塚市)、近鉄あやめ池遊園地(奈良市)、神戸ポートピアランド(神戸市)など、歴史ある老舗の遊園地が次々と閉園した。しかし、ひらパーは06〜10年度に約100万人を維持し、客単価も250円上がった。秘訣(ひけつ)は大手テーマパークとの差別化。「絶叫系」など派手なアトラクションは少ないが、電車型の乗り物など小さい子供が楽しめる遊具が多い。
                 
 前身は寝屋川市にあった「香里遊園地」。1910年(明治43年) 
京阪電車の開通に合わせ香里駅(現・香里園駅)近くの北河内郡 
友呂岐村大字郡(こおり)に十二万坪で開園した。当時繁栄して 
いた遊園地であり、地名の響きも似ていた香櫨園(こうろえん) 
(兵庫県西宮市)にあやかり、名づけられたという。香里遊園地 
では第一回(1910年(明治43年))、第二回(1911年(明治44年 
))の菊人形展が開催されたが、周辺を住宅地として開発するた 
めに移転される事になり、枚方駅(現・枚方公園駅)付近に約1 
万m2の用地を買収、1912年(大正元年)10月6日〜11月25日第三 
回人形展が枚方で開催された。これが『ひらかたパーク』開業の 
起源となった。   
 その後、菊人形展は1919年(大正8年)〜1922年(大正11年)  
宇治で開かれていたが、1923年(大正12年)以降は枚方での開催 
が定着した。1926年(大正15年)に「枚方遊園組合」を設立して 
実質京阪電鉄の経営に一本化され、本館・余興館・ボート池・滑 
り台・ブランコなどを設置された。                 
 菊人形展は第二次世界大戦中も「戦力増強決戦菊人形」と呼称されて1943年(昭和18年)まで続けられた。が、その後建物は軍需工場として、グランドは食糧増産のために畑に耕された。
 1948年(昭和23年)ごろまで千里山遊園でも菊人形展を開催していた記録が残っているため、戦中、あるいは戦後直後までは枚方以外でも菊人形展が開催されていた事になる。なお、1948年(昭和23年)以降は枚方での開催のみとなっており、そのことが千里山遊園の閉鎖の一因とも言われる。しかし、戦中戦後に渡って菊人形が千里山遊園で開催されていた時期は京阪と阪急が合併していた時期と符合しており、1949年(昭和24年)に両者が分離して以降は熾烈なライバル関係になったため、阪急が運営する千里山遊園で菊人形を開催する事を嫌ったとする説もある。
 毎年秋季に開催されていた「ひらかた大菊人形展」は、主に NHK大河ドラマで放送される作品等を題材に展示していた(一部例外あり)。しかし、後継者不足などを理由として2005年(平成17年)で大規模なものは終了となった。その後、翌2006年(平成18年)には小規模な回顧展が開催された後、2010年(平成22年)には京阪電鉄の創業 100周年記念企画として、限定復活開催された。今後の再開が待ち望まれる。 1996年(平成8年)80億円を投じて敷地内を大規模改装し、リフレッシュオープンを果たした。この時京阪は公式に「ひらパー」の略称を大々的に使用し、テレビコマーシャルでも「ひらパー 目指せ知名度100%」との宣伝を行った。CMに関しては、2007年(平成19年)に放送された一連のCMが第6回大阪広告協会最優秀賞(一般部門)を受賞している。
 長期の不況や少子化、レジャーの多様化などによって入園者数が減少傾向にあった中で、2001年(平成13年)にユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)が開業したこともあり、21世紀に入ってから業績不 振などで近畿地方の3/4の遊園地が閉園に追い込まれている。宝塚ファミリーランドや神戸ポートピアラ ンド、近鉄あやめ池遊園地、甲子園阪神パークなど、関西の大手私鉄が運営していた歴史のある老舗遊園地もそのほとんどが閉園となっているが、その中でもひらかたパークは堅調な運営を続けている数少ない私鉄運営遊園地の1つとなっている。
 遊園地の存続は定期的に新しいアトラクションを導入していく事に掛かっていると言われているが、ひらかたパークのアトラクション入替え頻度はあまり高くない。しかし、既存アトラクションを清潔に保つ事でその欠点を補う姿勢を取っている。キャラクターショーをメインにする以前には『ひらかた大菊人形展』がメインで『NHK大河ドラマ』などを題材に扱っていた。
 時代の変化や施設の老朽化などを打開するため、1995(平成7)年1月から開園以来最大規模となるリニューアルに着手。コンセプトは"花と緑と水そして光"。
 グランドデザインは、ロサンゼルス五輪会場の装飾や後に六本木ヒルズ(一部)、なんばパークスなどを手がけた米国のジャーディ・パートナーシップ社。非日常空間の演出、大型アトラクション、新イメージの飲食・物販店などにより、老若男女が楽しめる遊園地を目指しました。
 米国のテレビドラマのララミー牧場のジェス・ハーパー役のロバート・フラーも来園された記憶が有る。
1996年(平成8)7月、火山の爆発音が鳴り響き、水と火が吹き出す「マジカルラグーン」が完成し、ついにグランドオープン。「ピピン」や「ポピー」などの新キャラクターも登場しました。この時キャンペーンCMで使用した「ひらパー」という呼び名が大反響を呼び、以後ひらかたパークの愛称となっています。

































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