便所を借りに来た女

 或休日の昼過ぎに、着物を着た女が便所を借りに来た。如何やら御腹の調子が悪いらしい。恥も外聞も無く、便所に駆け込んだ。又したく成っては困る、もう少し落ち着く迄、此処に置いて欲しいと駄々を捏ね、居座ってしまった。男が布団を敷いて遣ると、女は厚かましくも帯を解いて寝てしまった。暫く経って大部落ち着き、女は男の部屋の壁に貼って有る、登山の写真を見て居った、男は山男で有った。七年前の熊に襲われた、悍しい事件を思い出した。何と言う偶然の悪戯か。命を助けてくれた、其の時の恩人で有った。女は其の時恐怖の余り「結婚して上げるから、私を助けて」と男にしがみ着いて居たので有った 男は熊を倒し女を助けたが、女は約束を未だ果たしては居無かった。
 女は又、急に便所に行きたく成り、長襦袢の儘、便所に駆け込んだ。
 御婆さまが遠縁の親戚の葬式の帰り、便所を借りに遣って来た、喪服を着た、御婆さまと長襦袢の女が便所の前で鉢合せに成ってしまった。
「御無礼仕りました」「此方こそ」
 御婆さまは用を足し、そそくさと帰ろうとした。
「何やら、まずい時に来てしまった様うじや、心配致すな、告げ口等決して致さぬ」
「貴方は女嫌いで今まで一人暮らしをして居ったのでは無かったのか、何時から女狂いに成ったのじゃ」「女は便所を借りに来ただけじゃて」
「わてならもっとましな嘘を吐くがのう」「何処の世界に便所を借りに来て、帯を解く女が居るか、此の馬鹿者めが」
「嘘で無か、女に聞いて見れば良か」「そうじゃのう」
「これ、娘、此の様な辱めを受けたからと言うて、まさか、裁判沙汰に成る様な事を言い出したりはすまいのう。如何じゃ、いっその事、夫婦に成ってしまわぬか」「御婆さまたら」
「夫婦に成れるものなら、夫婦に成ってしまってしまいたい。夫婦に成って恩も返したい。でも、私には夫婦に成れぬ因果な病が」「貴方まで一緒に成って何を言い出すんだ」「元気そうに見えるがのう、下痢なら誰でも成るぞ、言ってみなされ、力に成りますぞ」
「私には言うも恥ずかしいが、遣尿症の気が」「夜尿症の事か」女は恥かしそうに頷いた。
「あ、思い出した、彼の時の小便垂れ女」「恥ずかしいわ、御婆さまの前で」手で顔を覆ってしまった。「心配致すな、怖い目に遭うと誰でもそう成る、わても戦時中爆弾が傍に落ちた時、尿垂れをしてしもうた事が有った」「御免なさい、又、御便所を貸して下され」女は又便所に駆け込んだ。
「惜しいのう、あれ程の美人がのう、少し下品な所が有るがのう」
「良し、決めた、彼の女と夫婦に成ってしまえ。寝小便ぐらい我慢せい、御前も子供の頃しょっちゅう垂れて居たたではないか、一生結婚出来無いよりはましじゃ、家の鍵は預けて置くのじゃぞ、分かったか」 次の休みの日に、便所を借りた御礼にと菓子を持って遣って来て、暫く遊んで又、便所を借りて帰ってしまったが。何度か口実を見つけては遣って来て居った。或る日の事、女はもう帰りとうは無いと駄々を捏ね泊まり込んでしまった。変な女との珍奇な共同生活が始まってしまったので有る。未だ結婚もして居無い赤の他人の女が男の傍で寝て居るので有る。女は乳当もせず、腋毛も剃らず、変な女で有った。
 或る朝、女の寝て居るのを良い事に、男は女の御乳をそっと触って居ると。
「こら、何時まで御乳を触って居るのじゃ、本にやや子みたいじゃのう、他にする事が無いのか」
男は叱られてしもうた。
「貴方、男が怖く無いのか」「熊に食われるのを思えば、男等屁みたいな物じゃ、したい様にせい」
 山での悍しい事件とは、男はいきなり手負いの大熊にテントを破られ命からがら女のテントに飛び込んだので有った。女は夜這いに遭ったと勘違いし、喚いたので有る。
「おそそをさして上げるから、私を殺さ無いで」「わめくな、静かにしろ、外の様子が可笑しい、熊がうろついて居る、登山ナイフは持って居らぬか」「果物ナイフなら」「熊を果物ナイフで倒せと言うのか」「棒に縛り付ければ槍に成るわよ」「如何するの」「日の出を待って此処を逃げ出す」
「無事に山を下りれたら、結婚して上げる」「本気で其う思って居るのか」女は何度も頷いた。
 大熊はしつこくも、しつこくも二人を追って来たので有った。女は喚きたおし、男にしがみ着き、小便垂れをしたおしたのであった。「日が暮れる前に何とかせねば」男は逃げるのを止め、女を囮にし草むらに潜み、熊を誘き寄せ槍の一突きで大熊を倒して、女の命を救ったので有った。しかし、動物保護団体は男の行為を非難したので有る。男は警察の事情聴取を受けたので有る。女はショックで入院してしまったので有る。其れっきり逢う事も無かったので有る。
「結婚して上げる」金曜日に成ると又、女の口癖が始まるので有った。夫婦でもせん様な恥かしい事をして居っての話で有る。女はそこそこ美人では有ったが、其の下品な事と言ったら。便所の扉も閉めた例が無いので有った。男の前で鼻はかむは屁は放は、男が入浴して居ると、勝手に一緒に入って来ては、前を隠す気など無かったので有る。便所に行きたく成ると何やら前を押さえもじもじとしながら。「御便所を借りも良い?」態々許可を貰いに来るので有る。我慢出来無く成るまで不精してか中々行か無いらしい。 未だ結婚もして居無いのに、毎月の給与も、年二回の賞与も、預金通帳も自分の物にしてしまって居った。男も男でやや子が出来る迄は結婚する気等無かったので有る。女もやや子が欲しがったが何故か中々出来無かったので有る。
 或る秋祭りの日、やや子が出来ますようにと二人は近くの佐太神社に詣でた。其の帰りに。
「如何しましょう、便所に行きたく成ったわ」「又、下痢なのか」「嫌な人」着物の女はもじもじしだした。
 女は家に着くなり便所に駆け込もうとしてたが、着物の裾が纏わり玄関の所でへたり込んでしまい。前を押さえ乍、御尻を家鴨の様に振って居った。「如何した」「立ち上がると漏れてしまう」女は便所の前で小便垂れをしてしまったので有る。余りの恥かしさに放心状態で有った。男も可笑しく成ってしまい。女をおもいっきり犯してしまったので有る。
 女はやっと、やや子が出来御腹が大きく成ってしまった。男も慌てて女を籍に入れ、結婚式を挙げたので有る。
 女は四人もの子を産み落とし約束を果たし、恩を返したが、遣尿症は遂に治ら無かったので有る。


              2005−09−03−62−OSAKA



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