連れ尿

 道端で少年が気持ち良さそうに尿をして居ると、此の辺では珍しい程の美人の良家の御内儀が傍に遣って来て。
「わてもさして貰おう」と言っては行き成り御尻を捲って尿をしだした。
「小母ちゃん、こんなとこで尿なん放いて恥ずかし無いのんか」呆れ返る少年。
「あんたかてしてるやろ、連れ尿や」平気の御内儀。
「小母ちゃん、俺を雇うて見へんか。働者や依ってキット徳をするで」
「あんた未だ子供やんか、親兄弟は居らんのんか」少年の家族は飢饉と疫病で死果てて居った。
「他所の半分の御給金で良かったら雇たるけどな」「おばちゃんもケチやな」
「此の荷物を持ってわての家まで着いといで、あんた、寝小便垂れはせぬやろな」念を押すので有った。 御内儀の家には心を閉ざした、心の病の一人娘が居った。父親も病弱で有った。御内儀は娘の病が治る様にと、神仏に祈り続けて居ったので有る。少年は行き成り山の様に大きい黒い雄牛の世話をさせられたので有る。少年は雄牛の世話も程々に、一人娘を無理矢理連れ出しては野を駆け巡り、草の上を転げ廻っては遊び呆けて居ったので有る。
 遊び疲れると少年は又何時もの様に、道端で気持ち良さそうに尿をして居ると。
「うちもしたい」と娘が言い出した。「したらええやん、誰も見てへんがな」「でもしたいけど人に見られたらうち恥ずかしい」「人が来いひんかしっかり見張っててや」
 雄牛は塩を欲しさに少年の言う事を良く聞いたので有る。泥だらけの着物の娘を雄牛に乗せては得意げに家に帰っては、又叱られる毎日で有った。娘は日増しに元気に成り、御内儀が神仏に祈った甲斐が有ったので有る。
 或る日、御内儀が突然小豆の強飯を蒸し出した。
「祝い事も無いのに、如何したんや」少年は不思議がった。
「祝い事じゃ、祝い事じゃ、花子が到頭大人に成った。目出度や、御目出度い事じゃ」
「御目出度序に、あんたも家の子に成ってしまへんか」御内儀は給金を払うのが惜しく成ってしまった。「俺は、御給金を貰ったら、古い本を買うねん」「古本なんか買って如何するねん、落とし紙に使うのんか」「御母ちゃんたら、釈迦も孟子も孔子も知れへんねんから、太郎ちゃんは勉強したいと言うてんねんがな」「そうか、勉強はしとくに越した事は無いわな、わては風呂に入るよって、太郎ちゃん、背中を流して、花子ちゃんも一緒に入ろ」「太郎ちゃんの前で裸に成るやなんて、うち恥ずかしい」
 夜は夜で少年は夜鍋を強いられたので有る。藁を打ち、縄を綯わされたので有った。「これ、仕事の最中に何処へ行く」「一寸、小便に」「わてもしようと」御内儀は長々と尿をし乍。「なあ太郎ちゃん、家の恥を曝す様だが、我家の台所は火の車やねん、御給金は一寸待って呉れるか」御内儀は連れ尿の度に愚痴を零すので有った。少年は未だ一度も給金を貰って居無いので有った。御内儀は大のケチで有った。
 或る日、大黒柱の主人が病で倒れてしまった。医師も匙を投げて、親戚を呼ぶ様に言い出した。御内儀は又、神仏に祈ったので有った。御内儀は主人の枕元ににじり寄り「あんさん、何か言い残して置く事は無いのんか」と主人に聞くと。「元気に成ったら、其方ともう一度連れ尿をしたいものじゃ」「阿呆、此んな時に」呆れ返る御内儀。
 父親の命を如何しても助けたい娘は医師に泣き付いた。
「何とかして、病に効く薬草は無いのんか」「無くも無いがのう、今から探しに行って居たのでは間に合わぬ。其は崖の途中にしか生えて居らぬ。大人でも何人も命を落として居る。子供では到底無理じゃ」少女は医師に薬草の絵と自生して居そうな場所を教えて貰った。
「御願いや、如何しても御父ちゃんを助けたいねん、何とかして、夫婦に成って上げるよって」花子は太郎に手を合わせて拝んだ。太郎は神官しか入れぬ御禁制の神山に禁を侵して忍び込んだ。崖は想像した以上に高い絶壁で有った。中程に確かに薬草は自生して居ったが。下からは到底登れず、少年は一旦崖の上に登り、縄を蔦って下りて採る事にした。夜鍋で綯った藁縄が此んな処で役に立ったが、僅かに短かかった、継ぎ足しの蔦を探し廻って居る内に日が暮れて来てしまった。太郎は火を熾し、野宿をし、日の出をジィート待つ事にした。
 漸く朝に成って、少年は藁縄を蔦って崖の中程に自生の薬草を命掛けで採り、手が擦れて血が出てしまって居った。駆け足で花子の家に飛んで帰ったので有った。御内儀は其を煎じて主人に飲ませた、薬草の効能は劇烈で日増しに父親は元気に成ったので有る。御内儀が神仏に拝んだ御蔭で有ったので有った。
 春に成って、父親の病もスッカリ癒え仕事に就いた。今度は何やら娘御が太って来た。
「花子ちゃん、最近太ってきたんと違うか、太ったら縁談に差し支えるで、気付けや」
「御母ちゃん喜んでうち、やや子が授かった見たいやねん」「何やて」大変な事に成ってしまった。
「太郎、飼い犬に手を噛まれるとは此の事か」「人で無しとは御前の事じゃ、この恩知らずの恥さらしの穀潰しめが」太郎は散々どやされたので有る。
「太郎ちゃんを責めんといて、うちは夫婦に成る事に決めた」「何やて」
「勝手にせ、其の代わり今後御給金は二度と支払わぬ、良えか」太郎は今迄働いた給金も猫糞されてしまったので有った。一生涯只働きをする羽目に成った。
 やがて花子は元気な玉の様な男の子を産み落とした。御内儀は早速、神仏に御礼の参拝を夫婦で詣でたので有った。其の帰り道の道端で、主人は気持ち良さそうに尿を始めてしまった。「あんさんたら、こんな処で・・・」
「其方もなされ」御内儀も我慢して居ったので有る。言われる儘に御尻を捲って連れ尿をし出した。天下泰平で有った。其を見て文句を言い出す族等一人も居ら無んだので有る。良き時代で有った。


            2006−02−05−98−01−OSAKA



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