関西電力                           
 関西の人は算盤づくで物事を考えるものと思い込んで居たらどうやらそうでも無いらしい。弁護士は被告の弁護が仕事と思い込んで居たが。告訴人の弁護を手弁当でして居るとは思もしなかった。敗訴して賠償金を請求されたら如何するのであろうか。一度しか無い人生を裁判で浪費するは余りにもったいない。

 京都には饅頭食いと言う有名な郷土玩具が有る。童子の情愛を巡って喧嘩する両親を童子が饅頭を割って諭す人形で有る。いろはカルタには童子を諭す教訓が詰まって居る。犬も歩けば棒に当たるの諺が有るが、犬が棒を極端に恐れる事を知ら無い童子には諺の意味が解ら無い。棒に当たる事が幸運に当たると自分勝手に思い込んで仕舞う。目には目を、歯には歯をの諺もやられったらやり返しても良いと勝手に思い込んで仕舞う。関西電力が犯した罪に似合った罰を与えるべきで有る。将来犯すかもしれない罪に対して今罰を与えるは此の世の理に反する。

 差止め裁判には法学部の試験にも出る或る有名な差止め裁判の判例が有る。或る水門を巡って開放派と閉鎖派の其々が其々の裁判所で訴訟し其々が勝訴した為に水門を開ける事も成らじ、閉め事も成らじに成った。結局国はどちらかに制裁金を払い続ける事に成った。制裁金を払いさえすれば高浜原発も動かせるかも。

 二つの地裁で相反する原発稼働差止め仮処分の判決が出た。童子にもどちらかが間違って居る事は判るが、新聞各社はどちらが間違って居るとは言わ無い。福井地裁の方は裁判を開く前の手続きで色々作為が感じられる。裁かれるべき被告を間違えて居る。法的手続きを踏んで起動しようとする関西電力を憲法で国を相手に国法や行政の不備を裁いて居る。投資家は異議申し立てで覆る事を既に織り込み済みか。因みに間違った判決を出した裁判官は家裁に左遷されてもう福井地裁には居無い。常識的に判決に私情が入ら無い様に同じ被告には別の裁判官を担当させるのが地裁の通例、敢て当たらせたは作為を感じる。