花盗人

 鈴木家は或る有名な製薬会社の創業家で創業者の祖父の会長が亡く成ってからは、社長の父が会長に成って、長く良心的な経営、労働組合とも巧く遣り、事業を行って来た、最近は永年勤続の参拾五年の褒章を新たに設けたりもした。妻は四人の娘と一人の末息子を儲けた。四人姉妹は嫁いで子供も儲けて幸せな人生を送って居ったが、若社長の末息子丈は愛妻を自分の運転の交通事故で亡くしてからは二度と再婚はすまいと誓って居った。一人娘は事故で母を喪ったショックで自閉症に罹り笑顔が消えてしまった。
 或る日、其の会長の父が愛妾の家で突然心臓麻痺で亡く成ってしまった、腹上死で有る。葬式も無事終わった時に突然父の遺書が父の友人の弁護士が預かって居る事が分かり大騒ぎに。嫁いだ四姉妹も当然遺産分けが有る物と期待して居ったが末息子にのみ全財産を相続すると言う珍奇な物で有った。更に糺し書で息子の妻が健在で在る事、独身の場合は全財産をユニセフに寄付すると言う物で有った。父に痴呆が始まって居ったので有った。
 四姉妹は唖然としてしまった。父の痴呆を理由に因る裁判沙汰で父の痴呆を世間に曝したくは無かったので有る。四姉妹の嫁盗り物語が始まった。四十九日の法要の日迄に嫁を見つけねば成らなく成った。
 長女の秋与から順番に日曜毎に撰りすぐりの娘を奥座敷に呼んで見合いをさせので有る。其の為に鈴木家の門の向かいの花屋の娘は御花を見繕って床の間に活けに来されたので有る。
「貴方、さっきからモジモジして御手水にでも行きたいのんか。今日は大事な見合いの席、此処で尿垂れでもされては事や、早ようしといで。活花は上手やのに本真に下品な花屋の娘やね、貴方は」
 花屋の娘が帰って暫くして良家の御嬢様風の上品な娘が両親に付添われて遣って来た。縁談は纏まり掛け、両親は安心して先に帰ってしまったので有ったが。自閉症の一人娘が居る事がばれてしまい娘は怒って末雄をひぱたいて帰ってしまった。高価な御花が無駄にあい成ってしまった。
「阿呆、本当の事何か言い居って」「嘘は其の内ばれるうがな」「遺産を相続してしもうたら如何にでも成るやろ、阿呆」其の次の日曜日は次女の冬美が娘を探して来た。花屋の娘は又花を活けに呼ばれ、床の間に花を活け、便所を又借りて帰って来た。其の内良家の御嬢様風の上品な娘が両親に付添われて遣って来たが、又末雄は余計な事を言ってしまい、ひっぱたかれてしまい破談に成った。高価な御花が又無駄にあい成ってしまった。其の次の日曜日は三女の夏代が娘を探して来た。花屋の娘は又花を活けに呼ばれ、床の間に花を活け、便所を借りて帰って来た。其の内良家の御嬢様風の上品な娘が両親に付添われて遣って来たが又又末雄は余計な事を言ってしまい、ひっぱたかれてしまい破談に成った。高価な御花が又又無駄にあい成ってしまった。其の次の日曜日は末娘の春子が娘を探して来た。花屋の娘は又花を活けに呼ばれ、花を活け終わると勝手の知った便所に駆け込んだが生憎末息子と鉢合わせてしまった。末雄は用を足し乍、散々愚痴を零した。「もう、見合いは嫌や懲り懲りや、女やったら誰でも良いは、其うや、花屋さん、貴方でも良いわ、私と結婚してもえないやろか」花屋の娘はおならで返事うをしてしまい恥ずかしがって便所を出にくがった。心配で居た堪れなく成った姉達は次々と遣って来てしまい。春子に電話が掛かって来て、見合いの相手の娘が駆け落ちしてしまったとの事、娘の両親は平謝りで有った。末娘の春子の面目は丸潰れで有った。姉達の非難を諸に受けた。高価な御花が又又無駄にあい成るので有った。
「あのー、御花の御代を御願い致します」役立たずな花に御金を使うのが惜しく成った春子は。
「其うや、貴方、此処の家の嫁御に成ってしまわへんか。便所なら行きたい放題やで、良えで、便所に行くにも気を使う様な堅苦しい家の嫁に成ったら貴方は苦労するで」「春子、到頭気でも狂たんか」「良えか、うんと言う迄帰せへんで、御手水にも行かしたらへんで」贅を尽くした卓袱台の上の一枚の紙に驚愕する娘。婚姻届を書く様に強制された。
 やがて富め袖を召した、亡くなった主人の妻が遣って来て。
「わてからも頼みます。裁判沙汰に成れば主人の老人特有の痴呆の発病を世間に曝け出す事に成ってしまう。今迄の数多の名誉の儘、彼の世に静かに送って遣りたい」姉妹の母親まで畳に手を着いて頼み込んだ「貴方は此処の財産を欲しく無いのんか、珍奇な遺言で全財産がユニセフなんかに寄付されてしもうたらうちら死んでも死にきれへんわ、御母はんに迄頭を下げさせて如何する気や」「うちを早よ帰して下さい」「何で其んなに慌てて帰りたがるねんや、又、御手水に行きと成ったんか」
「此んなに頼んでもあかんのんか」「うちには恥ずかしい病が」「元気そうに見えるがのう」「言うも恥ずかしい因果な遺尿症の気が」「遺尿症とは夜尿症の事か」「呆れた」呆れ果てて唖然とするる四姉妹。「御母はん、何処得へ行かれます」「一寸憚りに」便所に立つ母親。
「私も御便所に」「貴方は御手水には行かしたらへん」モジモジする花屋の娘。其の淫らな格好と言ったら「其処で尿垂れしてしまうて、べそうを掻いたら良えわ、阿呆たれ」末雄までが畳に手を着いて頼み込んだ。「華枝さん、貴方が好きに成ってしもうた」「あ、いけませんこんな時に」末雄は座布団の上に押し倒して接吻をしてしまった。接吻され、陰部を手で弄られてしまった拍子に尿の我慢が出来無く成り尿垂れをしてしまい大変な事に「本真にしてしもうたんか」娘は恥ずかしさの余り放心気味で有った。女は座布団の裏で前を隠し乍よろける様に廊下へ。呆れ帰る四姉妹。
「貴方、家の座布団を盗んで帰る気か」「此れは御花の代金の代わりに頂いて帰ります、御免なさい」
 奥から末雄の自閉症の一人娘の少女が出て来て。「何か有ったんか」「花屋の雄姉ちゃんの御尻、何で濡れてんの」
「葉子、此の人が貴方の御母ちゃんに成ってしもうても良えのんか」
「ええ、花屋の御姉ちゃんがうちの御母ちゃんに成って呉れるのんか」少女は事故後初めて笑顔を見せた 花屋の娘は恥ずかしさの余り裸足の侭走って家に逃げ帰ってしもうた。末雄はもう二度と見合いはせんと駄々を捏ね、四姉妹は居ても居られぬ気持ちに成ってしまうた。
「春子の阿呆、あんな尻癖の悪い女を末雄の嫁にする気か」「此の際仕方が無いやろ、花の好きな人に悪い人は居らぬは、うちも好きに成ってしもうたえ」
 到頭四十九日の法要の日が遣って来てしもうた。花屋の娘は花代の請求書と座布団を持って恥ずかし気に鈴木家を訪れた。割烹着を着た末雄の母が出て来て。
「これ娘、今迄何してたん、遅いやないか、御父様から何も聞かされてへんのんか。さあ上がって、上がって。貴方が来無いと大変な事に成る処やった。今迎えを遣る処やった、良かった、良かった。其れは其うと尿は大丈夫か、しとう成ったらわてに直ぐに言うねんえ、良えな」念を押し娘の御尻を軽く叩く母。「良えか、末雄の嫁御に成った心算でに振舞うねんえ、良えな」「貴方、御飯は炊けるのんか、料理は出来るねんやろな」母親は娘を只で扱き使ってしまうので有った。やがて日頃口煩い親戚夫婦や遠縁の親戚迄も遣って来てしまい、娘は亡く成った祖母の古い喪服を借り言われた通りに澄まし顔で御茶を運んで居った。「良えか、今日は粗相したらあかんねんで、遠慮せんと御手水に行きと成ったら直ぐに行くねんえ我慢したらあかんで」四姉妹全員にも念を押され、皆に御尻を軽く叩かれてしもうた。
 有り難い長い読経の中、娘は末雄の妻として焼香を上げた。読経が終わった途端に娘は余程尿を我慢をして居ったのか下品にも便所に小走りで駆け込んで慎み無く派手に用を足してしまって、快感の法悦に暫し浸って居った。やがて寺の和尚の有り難い説法も終わり昼食を摂る事とあい成った。法事なのに真昼間から御酒や麦酒が出て、遺産分けの思惑が外れ何も貰えぬ日頃口煩い親戚夫婦も澄ます顔の娘御の御蔭で文句は何一つ言えなんだ。娘は花代も払って貰えず、一日中只働きを強いられてしまったので有る。四姉妹も遠縁の親戚も諦めて帰ってしまい。座敷の片付けも済んだホットした時
「御母ちゃん、うち病気に成ってしもうた、下血してんねん、死ぬかもしれへん」「ええ!」
 少女は初潮を迎えたので有った。花屋の娘は母親の役までさせられた。
「今日は御苦労様でした、娘達もえいかげんや、花代ぐらい自分で払えば良いのに」ケチの母親は娘達の不始末の尻拭い迄させられて、文句たらたら仕方無しに請求書の高さに溜息を吐き乍がら釣銭無しに払って呉れた。「今日は有難う、貴方、御風呂に入ってから帰り」と珍しく言って呉れた。
 娘は風呂に入り疲れ果てて湯船に寝そべり、手拭を水面に広げおならで泡を作り遊んで居た時、末雄が突然入ってきてしまい「ああ、失礼、入って居られたか」「良かったらどおぞ、御一緒しません」
「遠慮のう、私達、もう夫婦に成ってしまってんのんえ」「・・・」「御背中を流しますわ」「・・・」「アッ、あかんそんな事なさっては、うちたら又尿がしとう成ってしもう」淫らにモジモジする女。
「・・・」
「貴方、何時まで御風呂に入って居るのじゃ」「ああ!」
 母親は見てはいけない物を見てしまったので有る。
 朝に成って。厚かましく泊まり込んでしまった娘は恥ずかしげに起きて来た。
「寝小便垂れはせなんだか、阿呆、御風呂で尿なんかしよって」又御尻を叩かれてしもうた。「まあ、珍しい赤飯何んか炊くのんか」「そんなに迄してやや子が欲しいのんか」母は乱れ髪の女に嫌味を言うた。「今日は孫娘が大人に成った祝いじゃ、赤飯を炊かんとな、貴方も手伝い」孫娘の為に。やがて時々自分の家の様に厚かましく勝手に上がり込み孫娘と遊びに来る花屋の娘の御腹が膨らんで来たのに母は気が着いた。或る日、花屋の娘は和服を召して訪問着で盛装した儘勝手に上がり込み、座敷の床の間に花を活けて居った。「これ娘、花等注文した覚えが無いぞ」「今日は目出度い事が有ってな、華枝からのサービスじゃ」「貴方、最近太って来たんと違うか、豚みたいに太ったら末雄に愛想吐かされるで、目出度い事とは」「御母様、喜んで下さい,うちにやや子が出来た見たいやねん」「何やて」
 末雄は慌てて結婚式を挙げた。やがて華枝は玉の様な男の子を産み落とし。華枝は小便を放いて本当に社長夫人に成ってしもうたので有る。娘は良き継母に出会い心の病も治り明るく成った。
 昔は花を愛しむ人に悪人は居らず、花盗人迄大目に見る風潮が有った。誠に良き時代で有った。



            2006−03−05−108−01−OSAKA




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