腐った銀杏の実

 昔、昔、村外れの川の傍に其れは其れは元気な娘が住んで居ったそうな。川下家の末娘には一人の兄と三人の姉が居ったが姉達は不幸にも幼き内に亡くなった。一人は死産で、一人は井戸に落ち、一人は流行病で亡くなった。父は相次ぐ不幸を嘆き、占い師の老婆に相談し、神を騙す為に末娘を男の子の様に育てた。娘は兄の様な格好をし兄と同様に野を駆け巡り、馬に乗り、牛を追い、樹に登り、川で泳ぎ、草原の上で逆立ちし遊び呆けては、一緒に連れもて立小便を放いては、草の上に寝そべっては雲を眺めて居ったので有った。
 季節は巡り、寒い冬が遣って来て、初雪が舞った。猫の足跡梅の花。一人寝の侘しさに堪りかねた末娘は兄の蒲団に潜り込んで寝て居った。
「お末、何処で寝て居る」「お兄ちゃんの身体は暖かくて気持ちが良い」「気にしな、大きく成ったら、うちがお兄ちゃんのお嫁さんに成って、やや子を産んだる」「兄妹は夫婦に成れ無いんだよ」「血が繋がって居無くてもか」「お末は未だ大川の橋の下で拾われて来たとでも思うてんのんか」「違うのんか」
 兄が風呂に入って居ると。
「うちも入ろと」兄は目の遣り場に困ってしまった。如何に男の格好をして居っても身体迄は変えられぬ御乳も脹らみ始めて居った。おそそも毛が生え初めて居った。
「うち、お兄ちゃんが好きに成ってもう我慢出来へん、やや子が欲しく成ってしもうたわ、如何しょう」 春が訪れた、花は咲き乱れ、小鳥達は恋を囀り、春風が森の中を快く吹き抜けた。男勝りの娘もやはり女で有った、裏山に押し入り野の花を摘んで居ったので有る。
「こんな処で何をして居る、男のくせに花等摘み居って。性根を鍛え直して遣る」兄の友達の青年は娘を押し倒し馬乗りに成り揉み合うて居る内に胸に手が入ってしまった。
「御前、女か、何故其の様な格好をして居る」御乳を触られ恥ずかしさの余り放心気味の娘。如何やら恋心が芽生えてしっまたらしい。
「上山様家の銀二さんてお兄ちゃんの友達やね、お兄ちゃんの友達だけ有って、良い人やね、うち、夫婦に成って、やや子を産んだる」
「お末諦めるのじゃ、上山家は村一番の大地主ぞ、裏山も全部上山家の持ち山ぞ、家の様な貧乏な家の娘は相手にはせぬ」父が珍しく口を挟んだ。「うち、銀二さんと夫婦に成る、やや子を産んだる、決めた」 夫婦に成りたい思いは日増しに募り、末娘は裏山の小さな祠の地蔵に願を掛けを行って居った。銀二も両親に夫婦に成りたいと言い出して散々叱られてしもうた。両家には色んな事情が有ったので有る。
 銀二の趣味は昆虫採集で有った。以前から黒揚羽蝶を求めて野山を歩き廻って居った、或る日、足を滑らせ川に落ち、溺れて居ったので有った。末は川に飛び込み銀二を助け上げ、水を吐かせた。銀二は九死に一生を得るたので有った。あれ程晴れてた天気が急に空模様が悪く成り、風が吹き、木々がざわめき妖しげな雲が足早に流れるので有った。大嵐が近づいて居ったので有った。稲光が光り、雷鳴が轟き、痛い様な大粒の雨が降り出した。二人は慌てて炭焼きの使って居無い窯に逃げ込んだ。二人は帰れ無く成り、村では大騒ぎに成って居た。父は又末娘が神に召されたと思い悲嘆に眩れて居った。其の時二人は世間の大騒ぎを他所に夫婦の交わりをして居ったので有る。銀二は罰当たりにも命の恩人の生娘の御末を犯してしまったので有る。
 晩秋の或る日、末娘の様子が可笑しいので有った。如何やら恋をして居る様で有った。何やらやや子が出来たらしい。末娘は夫婦に成れます様にと、又、小さな祠の地蔵に詣でた。祠の東西南北に四本の銀杏の巨木が聳え立つ様に生えて居った。落ち葉で黄金色の絨毯が敷き詰められて居った。銀杏の実が其処らじゅうに落ち独特の臭いがして居った。村人の悩みの時期でも有った。娘は銀杏の落ち葉で黄金の冠を編んて遊んで居った。其の時で有る。冬眠を前に餌に飢えて山の様に大きい熊が里に下りて出て来たので有る日頃は腰抜けの銀二では有ったが御末を助けたい思いか、勇気百倍、一本の枯れ枝を頼りに無謀にも大熊と戦ってしまた。御末は恐怖に叫び、銀二は勇猛果敢に戦いたけんだ。大熊も堪りかね奥山へ逃げ返ってしまたが。御末は恐怖の余り腰が抜かしてしもうた。
「其れにしても嫌な銀杏の実の臭いだ」「御免、うちやねん、うんこを放いてしもうた」銀二は御末を背負って自宅に帰った。
「母上、一大事で御座る」「まあ、大きな赤ちゃんだ事」「銀杏でも拾って居ったのか」「これ娘、御粗相をしてしもうたんか」銀二の母は娘の下の世話までさせられたので有る。御末はもう家には帰れぬと駄々を捏ね。風呂に入れ、自分の若い頃の着物に着替えさせ、髪を結い直したら女らしくは一応成ったが。 御末は婚礼の前に、先ず行儀見習いから厳しく躾けられ、御尻を打たれる毎日で有った。
「こんな男みたいな女が家の嫁御に成るのんか」姑の困惑と嘆き。御末は元気いっぱいで有った。家の前の広々とした庭は籾を天日干しの為で有った。銀二と相撲を取っては姑に叱られて居った。昔は長閑で有った。牛も田を耕し、馬も荷物を運んで居った。猫は座敷の上を悠然と豹の如くに闊歩して居ったし、犬は大地に直に耳を付けて寝て居ったので有る。鳶は空で舞い、鶏は庭を勝手気儘に走り廻って居ったので有る。
 やがた、銀二の嫁御に成った御末はは女の子を産み落とした。次も女の子で、其の次も女の子で有った 姑から所帯を任された後も、着物の裾を捲って走り廻っては姑に叱られ、道端で御尻を捲ては叱られる毎日で有った。 如何しても男の子が欲しい二人は、二人揃って裏山の祠の地蔵に男の子が産まれますようにと祈る事にし晩秋の休日に詣でた。
 上山家の庭の西側には柿の巨木が二本も生えて居った。村人は夫婦柿と称して親しみ。晩秋の休日に柿を取らして貰って居った。恒例の行事に成って居った。柿の何個かは小鳥の為に残して置くのが慣わしで有った。参加した人全員に公平に分け与えたので有った。渋が有り干し柿にしたので有った。
「御前さんは気前が良いのう。家の庭の柿を只で村人に取らせてしまうとはのう」
「施しもせぬと子宝には恵まれぬぞ」
「如何致した」「困った事に憚りに行きたく成りましたわ」御内儀は何やらモジモジしだした。「今日は柿採りに忙しくて誰も見て居ない、此処でしてしまえが良い」「そんな恥ずかしい事、でも尿垂れしてしまいそう、もう我慢が出来ぬ」
「子供の頃には立ってして居たと言う話ではないか」「そうやね、久しぶりに立ってしてみたい」
 御内儀は事も有ろうに夫の目の前で御尻を捲って立った儘遣り出してしもうた。
「ああ、気持ちが良い、其方もしたら」
「あ、こら、こんな処で何をしよる心算じゃ」「阿呆、呆け、粕、こんな処で悪さをしおって、人に見られたら何とする、其方は幾つに成っても相変らずじゃのう」呆れ返る御内儀。
 御内儀はやっと願いが叶うたのか男の子を授かった。裏山の小さい祠の地蔵に詣でた御蔭で有った。月日が流れ、やがておとごの末雄にも嫁御が来て、後取りも出来た。良き嫁御で有った。口煩い姑も長生きしたが、夫も九十六歳の長生きで有ったが、末は更に百八歳迄の長生きで有った。末雄夫婦に看取られ乍老衰で眠る様にして亡なる前日迄自分で便所に行き朝顔に手水出来る程の元気で有った。生前からの遺言で裏山の小さい祠の近くに墓が建られ。其の後も晩秋には銀杏の巨木は銀杏を落とし続け村人を悩まし続けた。



            2006−04−08−115−01−OSAKA



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