痛く無い拳骨

 父善三は或る製薬会社の創業者でも有り、地域社会への貢献も大きく、功労賞者で有ったが妻を亡くして、腰を悪くして病院に入院してからは色呆けしてしまい、老醜さえ世間に曝すけ出してしまったので有る賞を貰い損ねたので有る。阿呆で有った。
 病院で親子程も歳の差の有る女性の看護師(昔の看護婦)に恋をし仲良く成ってしまった。娘も娘で父の財産目当てか其の気に成ってしまたので有る。父の会社を継いだ長男、医者の次男、国会議員の三男は世間体の悪さに唖然としてしまたので有るが。父の下の世話をさせられては大変と妻に言われ。遺産の相続を放棄させて二人の結婚を許したので有る。独身の四男の末夫は唖然としてしまった。年下の母が出来たので有る。やや子が出来たら如何しよう、兄弟が出来るので有る。世間に恥曝しでも有った。
 父は家を追い出され娘のアパートで同居生活を送って居ったので。
 一年も経たぬ内に娘が買い物に出かけた時にアパートの下の階から火が出て、腰の悪い父は逃げ遅れ、活きた儘焼かれてしまたので有る。娘は全財産を失ってしまった。財産も一銭も貰えず、本家には妻としては帰れず実家からは勘当同然で出た身、今更帰れぬと途方に暮れて居った。しかた無しに独身の四男の末夫の処に転がり込んだ。唖然とする末夫。初冬の惨事で有った。

「母者、此処へ来られても、着て貰う布団が御ざらぬ」
「其方、母者に此の雪空の冬の晩に野宿をしろと言うのか」
「男臭、蒲団を日に干した事が有るのか」継母は文句百垂れ言い乍、蒲団を敷き出した。座布団を二つに折って自分の枕にして並べて置いた。豪い事に成った。
「真逆、此処で寝る訳では無いだろうね」
「客人用の布団の一流れ位、買って置く物じゃ」
「其方の身体は温かくて気持ちが好いのう」
「良いな、寝小便を垂れるで無いぞ、此の冬空では乾かぬぞ」継母は高鼾で寝てしもうた。
 末夫は継母の寝相の悪さに唖然としてしまた。犬の字に寝て居ったので有った。

「何時迄御乳を触ったら気が済むのじゃ、其方は幾つに成ったのじゃ」
「他にする事は無いのか」「触っても打ったりせぬか」
「こら、母者のおそそを弄って何とする、此の阿呆垂れ」痛く無い拳骨が頭に飛んで来た。
「母者は腋毛は剃らんのか」「何で」
「母者はブラジャーは着けんのか」「何で」
「母者は下穿きは穿かんのか」「何で」

 朝に成って、末夫は味噌汁の懐かしい匂いで目を覚ました。食事を取る母子。
「干し若布しか無かったので我慢してくりゃれ、明日の豆腐のおみおつけを楽しみにな」
「お父はんから聞いたえ、貴方はもう大事な御母はんの顔を忘れてしまたらしいね、写真の一枚も撮って無かったんか」
「忘れては居らんがな、時々夢に見るがな」「夢を見て思い出すか」
「大きく育てて貰った恩を忘れてしまうやなんて、薄情やね」

 二人の珍奇な生活が始また。
「穢れた肌着を何時までも着てるで無いぞ、何も恥ずかしがらずとも良い、うちが手で洗う訳では無い」「母者は余程親子丼が好きと見える、金曜日の晩は何時もでないか」
「卵の黄身のかき混ぜ方に骨が居るのじゃ」「お正月の御節には昆布巻きを楽しみにな」       「其れはそうと、其方は何時冬の賞与が出るのじゃ、早く蒲団を何とかせなばな、世間に我が家の貧乏が知れたら恥曝しじゃ、我が家の台所は火の車じゃ」もう既に末夫の賞与迄当てにして居ったので有った。
 継母は動物好きでも有った。飢えて骨と皮の野良犬を可哀そうと言っては連れて帰って来ては飼い出した、池に落ちて溺れて瀕死の猫を助け出しては家で飼いだした。
 最初の内は借りて来た猫の様にして居った雄の黒猫も、三日もすれば厚かましくも末夫の背中に迄載りに来る始末で有った。

 或る夕食後、厨房で夕食の片付けをして居った義母は小用に行きたいのか何やらもじもじして居った。末夫はついウッカリ継母の御尻を触ってしまたから大変な事に。
「其方、今何をしよったんじゃ」「其方見たいな男が居るから、未だに此の大阪に女性専用車両成る物が走って居るのじゃ、母者の御尻を撫でて何とする、此の阿呆垂れ」痛く無い拳骨が又頭に飛んで来た。
「母者と盛る等、犬畜生の沙汰じゃ、外道の為る事ぞ」

 春とは言え未だ身も凍る寒い日が続いた。犬も少し太り、猫は縁側で悠然と日向ぼっこをして居った。継母の姑の白寿の祝いにと継母は朝から牡丹餅を作って居った。
「貴方も餡付け手伝い、お婆はんの祝いやで、九十九歳やて、長生きやね」
「餡ころ餅にしょうとも思ったが、お婆さまが咽喉を詰められては大変なので、牡丹餅にした」
「あ、どないしょ鼻水が落ちそう。貴方かんで」何やら汚い話で有る。
「そないに汚ながらずとも良いがな、お母はんにしてもらって事無いのんか」

 人の寿命は不思議でも有る、極寒の辛い冬を耐え抜き春に成ってホットすると気が緩むのか亡く成る人も多い。近所で不幸が有り、葬儀の手伝いに継母は出て居った。継母が血相を変えて小走りで帰って来て便所に駆け込もうとしたが末が用を足して居った。慌てる継母。
「ああ、もうあかん、此処でしてしまう」末夫は慌てて排便の途中で便所から出て来て、母者の尿を見てしまた。
「こら、何処を見て居る」
「母者の尿を見ても始まるまいに」
「男と言う者な如何しようも無いのう、女子の御尻は撫でたいわ、お乳を揉むみたがるわ、おそそは見たがるはじゃのう、其方は変態の気が有るのんか。ええ加減に目を覚ませ、此の阿呆垂れ」痛くない拳骨が又頭に飛んで来た。

 爽やかな春風が頬を擽る季節に成った。或る休みの日に末夫は座敷で昼寝をして居ったら、黒猫が遣って来て片足を末夫の御腹に載せて乗って良いか聞くので有った。黙って勝手には決して載ら無いので有った。雄の黒猫は薄情にも助けて貰った恩も忘れてか継母の膝の上に載るのを最近は避けて居った。何やら猫の睾丸を弄んで居ったので有る。

「母者、蒲団は未だ買わぬのか」「貧乏は辛いのう、蒲団より明日のお米の方が心配じゃ」
「夏の賞与が待ち遠しいのう、御尻を触らしてあげるから小遣いを減らしても良いか」「未だ、この上減らすのか」「お乳を触らせてあげてるはないか」「不服なら接吻させてあげても良いぞ」「母者たら」
 継母が来たばっかしに末夫は煙草銭にも事欠く始末で有った。

 夏が来た。賞与の支給日が近づいて来たので有る。継母は色仕掛けで一人占めする気らしい。
「もう直、賞与やわね、全部わたしに渡したら接吻させてあげる」「わたしも、御相伴」        なにやらそわそわするので有った。

 賞与の支給日の事で有る。継母は得意の料理に腕を揮い、末夫には麦酒を一瓶付けた。賞与の催促でも有る。夕食後継母は早速催促で有る。
「其方、何か忘れてえへん」

 末夫は賞与袋の封も切らずに、継母に渡し、約束通り接吻をさせて貰った。継母は賞与を手にし接吻を受けた時に、恥ずかしい事を仕出かしてしまったので有る。我慢をして居った尿が迸り出てしまたので有る。所謂尿失禁で有る。其れを見た末夫も可笑しく成ってしまい。野獣の様に継母を犯してしまたので有る。

 朝に成って末夫は散々いわれていもうた。
「其方は病気か、犬畜生か、彼の様な悪さは外道の為る事ぞ」
「やや子が出来たら何と為る気じゃ、世間が何と言うかのう」

其れかと言うもの継母は可笑しく成ってしまったので有る。如何やらやや子が欲しく成ってしまたので有る。母性本能が目覚めてしまったので有る。

「母者は未だ蒲団は買わぬのか」
「其方の悪さで母者は病気に成ってしもうた」「恥ずかしい話じゃが下穿きの乾く間が無い」
「母者たらはしたない」困った事に成った。継母に盛りが慿いてしまたのであった。
「意加減に観念してうちと夫婦に成れ」痛い拳骨が四発も頭に食らっては堪りかねて言い成りに成った。 其の内継母の御腹が大きく成ってしまい、大変な事に。やや子が出来たので有る。
「如何する気じゃ、うちは恥ずかしくてお外が歩けぬぞ」
 ややこしい手続きは兄者に任せて、二人は夫婦に成ってしまった。やがて、玉の様な男の子が生まれた世間の非難は他所に継母は近くの佐太天神宮に宮参りに出かけた。継母は何やら自慢げで有った。
 やや子が出来て物入りに成り、未だに蒲団の一流れも変え無い貧乏暮らしを続けて居った。以前は見て居った産みの母の夢も久しく見なんだが或る晩に久し振りに見たら顔は継母にソックリで有った。継母は相変わらず暴力を平気で揮うので有った。母体に手を上げずの家訓を知ってか知らずか痛く無い拳骨が頭に飛んで来るので有った。





          2006−12−30−193−02−01−OSAKA



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