野良着の花嫁

 昔、或る所に権兵と言う男鰥夫が居った。分家の権兵は妻を病で亡くし寂しい思いをして居った。其れでも頑張って畑を耕し、下肥をたっぷりと遣り、種を蒔くばかりと成ったが肝心の時に風邪を引き寝込んでしまった。本家の婆さまに頼んで種まきしてくれる男人を御願いした。
 婆さまは或る女にそれ言うと、女は縁談と勘違いしたのか、困り果てて居ったが。
 次の日、野良着を着た女が遣って来て。
「種まきを頼んだのはあんたか」
「婆さまもとうとう老耄されたか、男しをお願いしたのに、女子なんか」
「種蒔き位女のわてにも出来るがな」
「朝御飯は食べたのか、便所には歩いて行けるのか」
 桃子は一度結婚に失敗し、実家に出戻って居ったので有る。亭主の前でおならを放いてしまい離縁されてしまったので有る。女は家が気に入りもう女房に成ってしまた気に成ったのか、色々と世話を焼きだした。権兵は種を蒔く間隔、種の数を女に細かく言うた。「こんな処で猫は寝て居る」
「其の棒の尺の間隔で三粒づつ蒔いて貰いたい」「何で三粒じゃ」「二度間引きをする為じゃ」
「かわいそう」
「あんたも不精者じゃのう、苗床で作らんのか、直播きか」女は農家の出か慣れたもので有った。
「ご苦労さん、種はたったか」「女では一日では無理じゃ、後少しが蒔けなんだ、残りは明日じゃ、今宵は此処に泊めてくりゃれ」「わしは良いが世間が何と言うかのう」
「あんたは病人じゃけん、ほって帰る訳にもいかぬがな」                      次ぎの日に女が畑に行ったら。
「こら、何ばしよるか」憎き烏が折角蒔いた種を狙って畑の土を掘り返して居ったので有る。
 女は病気が治る迄は帰る訳に行かぬと言い家に居付いてしまった。
「あんた、何処へ行くのん」「しょんべんじゃ」「わてもしししたく成った」女もししを足し乍。
「あんた、わての何処がよくて嫁に欲しいと婆さまに言うたん」何やら勘違いして居る様で有った。
「恥ずかし、おならも放いてしもうた」女は恥ずかしがってか御手水から中々出て来無かった。
 権兵は元気に成り、女の御尻を触っては叱られて居ったので有る。やがて畑の種は芽を吹き、双葉を開いた。
「権兵さん、良か嫁さんが見付かって良かったな」と村人も誤解して居ったので有る。
 或る日の事、事も有ろうに日輪が欠け始めたので有る。滅多に無い珍しい日食で有る。村人は不吉な事の前兆だと恐れ、慄き、御寺に寄り集まり皆で御経を唱和したもので有る。
「心配は要らぬ、月で陰に成った丈じゃ、昼間の白い月を見た事が無いのんか、偶然に重なった丈じゃ」御寺のおっさんが幾ら説き伏せても村人の懼れは消えなんだ。
 実際に、不幸は続いたので有る。雨が降らず畑仕事は水遣りが辛い仕事と成った。旱魃で有る。
「あんた、わてしししたく成ったので、誰も来ぬか見張ってて」「真逆此処でする心算じゃ」
 雨が降って喜んで居ったら、今度は雨が止むまず大水と成った。河の主の真鯉も岸に集まり、童の餌食に。儘成らぬ此の世でも有った。
「あんた、風呂が沸いたえ、背中流してあげよか」
 権兵が風呂に入って居ると女も裸に成って入って来てしもうた。女は前を隠す気も無いのか、権兵は目の遣り場に困ってしまった。
「何恥ずかしがって居るの、前の奥さんとは一緒には入らぬのか」
「あ、地震か」裸で表に跳び出る訳にも行かず、揺れが治まる迄二人は抱き合って居った。地震は大きかったが直ぐに治まったが、抱き合った二人は治まらず間違いを起こしてしまた。女は蒲団を引き出した、座布団を二つに折って権兵の枕の傍に並べて置いた。
「真逆、此処で一緒に寝る訳じゃ」「さっき夫婦に成ってしまったのでは無かったのか」
「困った事に成った。古い御寺が傾いてしもうた」村人は嘆いた。
 御寺の和尚は勧進に馳せ廻った、本山にも役場にも出向いたが寄付は思う様には集まら無かった。被害は御寺丈では無かったので有る、何処の家も台所は火の車で有ったので有る。結局檀家で何とかする羽目に。
「あんた、あんな事をしでかしといて、未だ踏ん切りが付かんのんか」
 畑の苗は次第に大きく成り元気一杯で有った。下肥が効いたので有ろう。
 或る日、目が覚めたら夢現で桃子の御乳を触ってしまって居ったので有る。
「何時まで御乳を触ったら気が済むのじゃ、あんたはやや子か」
 やがて女の御腹が大きく成って来た。やや子が出来たので有る。式を挙げるにも又物入りでも有った。権兵はのらりくらり言い訳をしては伸ばしに伸ばした。
 しかるに、不幸は続いたので有る。鎮守の森の杉の巨木に雷が落ち、神社の社殿に倒れた、屋根を壊してしまた。又物入りが増えたので有る。
「あんた、早よ式を挙げねばやや子が産まれてしまうえ」と言っては矢の催促で有った。
「あんた、やっと冬瓜の花が咲いたえ」「冬瓜では無か」「あ、瓢箪か」「夕顔じゃ」「夕顔か」
「あんな、あんな不味い物を態々私に種を蒔かしたんか」「干して干瓢を作るのじゃ」御寺の仏像が盗まれた、罰当りな泥棒も居ったもので有る。
「あんた、あっち向いといて、御腹が大きく成るとししが近こなって」相変わらずの女で有った。
 天神様の夏祭りの時、大事な太鼓が破れてしもうた、皮の張替えに又物入りで有った。
 如何にも世間を騙し切る事も出来ず到頭結婚式を御寺のおっさんの計らいで挙げる事にあい成った。
 桃子は一旦実家に戻り、或る吉日に文金高島田に髪を結い錦の花嫁衣裳を着て馬の背に乗って嫁いだ。化粧をすれば中々の美人で有った。途中で馬が蝮と出会ってしまい怯えて暴れて花嫁を振り落としてしまったから大変な事に。錦の打ち掛けの花嫁衣裳を穢してしまい。訳け有って野良着で式を挙げる羽目に。「どつぼに嵌ってしもうた」
 次の日から早速夕顔の収穫が始まり、轆轤で瓢を挽き直ぐに干すので有る。女は嫁として良く働いた。生では美味しく無いのに干瓢にすると美味しく成るので有る。干瓢は干し椎茸と同様に巻き寿司の具にはなくてわ成らぬものでも有る。食べられる紐とも成るし、保存食にも成り色んな料理に使える重宝品で有る。
 女はやがて玉の様な元気な男の子を産み落とし、天神さんに宮参りに詣でる時は何やら自慢気でも有った。野良着の花嫁を見て笑う人は一人も居無かった。古き良き時代でも有った。
「あんた、やや子を頼みます」桃子は家に着くなりやや子を亭主に押し付けて御手水に小走りで駆け込んだ。相変わらずの女で有った。



          2007−03−26−211−02−01−OSAKA



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