雪夜の家猫

 猫には昔からの人との係わりが強く諺も多い、有っても無くても猫の尻尾、借りて来た猫の様に、窮鼠猫を嚙む、猫が熾きを弄う様、猫が胡桃を廻す様、猫足、猫舌、猫可愛がり、猫背、猫綱、猫撫で声、猫に鰹節、猫に小判、猫の手も借りたい、猫の額の様に狭い、猫糞、猫も杓子も、猫を被る、皿舐めた猫が咎を負う、猫に紙袋、猫の子一匹居無い、招き猫、らくだ猫の隣歩き、猫の眼、猫が手水を使う様、猫が茶を吹く、猫の魚辞退、猫跨ぎ、猫騙し、猫の天気予報、猫が鑓を立てる、雪夜の家猫、・・・
 犬公方の徳川綱吉の治世の生類憐みの令の御陰か猫を虐めると祟ると信じ込まされた人も多い。七代迄祟ると言う人も。家猫は憎い鼠を獲って貰う為に飼い、鎖で繋いで居ては獲って貰え無い。猫は首輪を付けて綱で縛られるのを極端に嫌う、猫綱の諺迄有る。其の為か自由奔放で放任され気味でも有る。泥足で座敷の上を歩く事を許された唯一無二の家畜でも有る。最近では何を血迷うたか座敷で犬を飼う人まで居るが。飼い犬に手を咬まれるの例え有り。犬は番犬として寒い冬でも大地に耳を着けて眠り、逸早く族の襲来を察知為るが本来の役目。主人の命を救うてこその番犬で有る。可愛がり過ぎて犬にちゃんちゃんこを着せるは頓珍漢な世界で有る。
 昔、竃が有った頃は猫は冬の寒い日に中に入り込み、灰だらけに成った。朝、火を入れようと為たら猫が飛び出して仰天為たりで有った。人は猫と一緒に暮らして居ても余り餌を遣ら無い、満腹では鼠を捕ら無く成る為で有る、其の為か、猫は人と一緒に暮らして居ても飼われて居るとは余り思って居ません。座敷の隅に鼠の頭と尻尾が有るのを見て仰天した人も多い筈、猫の仕業でも有る。家猫で有っても野生の儘でも有る。野生を内部に秘め乍人の膝の上で寝て気持ち良さそうに咽喉を鳴らすので有る。寝て居る間に悪さを為れる事を疑ったりは為無いので有ろうか。
 猫は南国生まれの為に寒がりで有る。寒い冬の雪夜の晩には特に蒲団の中に入りたがり、枕元に来て啼く。人をを単に火燵代わりに為て居る丈だとは思い難いが、蚊帳を吊って居た真夏でも蚊帳の中に入りたがる事からも、火燵代わりでは無い様で有る。寒い晩に目が覚めたら猫の生首巻をして居る自分に気が付いて仰天した事も有る。温かい首筋に乗って寝ようとして居ったので有る。中には顔の上に迄厚かましく載る猫まで居るので注意が必要で有る。赤子を窒息死させた猫まで居る。昔は竃の中の灰の温もりで一夜を過ごし灰だらけの猫も居た、白猫も灰色猫に成る。今は居間の矢倉炬燵が中心か、野良猫が炬燵の中に忍び込んで居た事も有った。現代の野良猫は車のエンジンの余熱で暖を摂って居る様で有る。車を動かす時は注意が必要でも有る。其の点家猫は可也恵まれて居る。
 多くの人が人の為る事を見て居る家猫の方が、野良猫や野生の野猫より賢いと思って居るが、明らかに間違いで有る。自分で餌を探さなければ成ら無い野良猫や野猫の方が賢い。裏の勝手口の重い半障子の木戸を音も発てずに開けたて中を窺った猫が居た。生きる為に必須の生活の知恵が賢く為るので有る。阿呆では鼠等捕れる筈も無い。
 雌猫が枕元でお産をし、咽喉をゴロゴロ鳴らし、眼から涙を流すのを見て人生観を変えた人も多い。其の母猫が子を咥えて蒲団の中に入れようと為たので有る。蒲団の中が猫にとって一番安心の出来る場所で有ったので有る。家の外へも自由奔放に出かけられる野生に近い猫が、人の寝床に偲び込みたがるのは不思議でも有る。余りひつこく身体を触ると噛み付くかれ中々放して貰え無い時も有る、水道の流水に近づけると放す。猫は水を極端に嫌うので有る。鼠の頭を噛み切る程の鋭い牙を持ち乍、血が出る程には強くは咬ま無いのはさすがで有る。加減をして居ったので有る。
 野生を秘めた猫が人の蒲団の中に入りたがるのは数多の家畜の中で異例の事で有る。猫は綺麗好きで、猫糞為ると言う諺にも成って居る様に、糞を隠す優雅な習性が有る。公園の砂場は注意が必要で有る。犬にも後ろ足で砂を掛ける仕種はアスファルトの道路でも為が実用に成って居無い。猫は綺麗好きで動か無い物には殆んど興味を示さ無い、猫じゃらしで遊んで遣ることが大事か、犬は新聞を破ったり、襖に水墨画を後ろ足を上げて見事に描く。座敷に上げると余計な事を仕出かす。矢張り犬は番犬に起用し、大地に耳を付けて寝させ、闖入者を未然に察知させるべきで有る。犬にちゃんちゃんこを着せるは珍奇成り。
 最近はマンション等の集合住宅では犬や猫を飼う事を禁止する所も多い、吠えて煩いからと文句百垂れ言う人が居る為でも有る。寂しい想いを為る人も多い。放言の為の癒され無い世界でも有る。
 野生動物の殆んどが人を見かけたら逃げ出して仕舞う、如何に昔から酷いめに遭って来たかが判る。野犬に見詰められ途轍も無い恐怖に襲われた事が有った、昔は狂犬も居た、見詰められるは攻撃を受ける時でも有る。猫が餌を欲しがり啼いて人を見詰められると弱い、人の心の脆弱さが出る。
 犬は如何やら人を間違えて居る様で有る。盛りの時期には飼い主を雌犬と間違えて物理的に盛れぬのに無理矢理盛ろうと為る珍奇な行動を取る場合が有る。人が雌犬としか想われて居無いのは心外な話でも有る。如何やら人も猫を誤解して居る様で有る。猫は落とされても足から大地に着くので怪我を為無いので人に抱かれる事を恐れ無いが、犬はそうは行か無いので抱かれるの嫌って噛み付く時が有る。雪夜の朝の板の間を素足で歩く猫にとって足が冷たくて辛い話で有る。歩いて居る人の足の上まで厚かましくも乗りたがる、抱き上げても嫌がら無い、重さが赤子に似て居るし、鳴き声がやや子の鳴き声に似て聞こえる場合も有る。膝の上に載って甘えられると、自分を猫が母者の如くに愛しまれて居るかの様な錯覚に陥る、童貞の男子でも吾が子の如くに想えて仕舞う不可思議が有る。座敷で昼寝を為て居ると猫が遣って来て片脚を載せて、載って良いか啼くので有る。勝手には載ら無い事が重要な事で有る。
 昔は冷房機が無く、雨戸を開け放ち、蚊帳を吊って皆寝て居ったのでる。用心の悪い話で有る。其れでも泥棒に這入られ無かったので有る。しかし夜這いは有ったので有る。難儀な話で有る。


 或る雪夜の晩の事、何者かが吾助の家の木戸を敲居た。
「何者、泥棒か」「旅の途中に路銀を使い果し難儀をして居りまする、子連れの旅ゆえ困り果てて居ます、此の雪夜の晩に野宿は余りに厳しい、後生です、軒下を暫し御貸しくださいまし」
 良家の御内儀が路銀を使い果し、乞食の様な格好で助けを求めて来た。如何やら娘が病気らしい。
「鰥夫暮らしゆえ、蒲団の予備が御座らぬ、其方さえ良ければ構わぬが」
「心配致すな、変な事は致さぬ」
 難儀な事に名前も知らぬ変な女と娘と川の字に成って褥を共に為る羽目にあい成った。夜が明けて医師の薬が効居たのか娘の熱がさがった。一晩寝て娘も元気に成り、風呂に入って死んだ吾助の女房の着物を着た女は中々のもので有った。変な事は為ぬと言って仕舞った為、珍奇な夜が続居た。やがて三日の筈がが三月に成った。三月が三年に成った。如何やら女は吾助が気に入った様で有る。
「御前さん喜んで、やや子が出来たみたいやねん、天神さまに御願いした御陰や」
 とんでも無い事を言い出した、何も為て居無い筈なのにで有る。何時も吾助が先に寝、女は明日の朝の御飯の用意をしてから、何時もの様に褥に入るので有った。雪夜の家猫の如くで有った。背中を撫でても嫌がりもせぬで有った。
 或る朝、気が付居たら夢現で女の乳房を触って仕舞って居る自分に気が付居た、女は嫌がりもせずで有った。
「此れ、何時迄御乳を触ったら気が済むのじゃ、其方はやや子か」
 叱られてしもうた。夢現で為て仕舞って居ったので有る。珍しいく初雪が降った。



                 初雪や、猫の足跡、梅の花。



          2008−05−01−321−01−01−OSAKA




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