おまきと土手南京

 むかし、むかし、あるところに、それわそれわ口の悪いめしやの娘がおったそうな。其の娘おまきは父親と京から流れて来た、腕の良い板前の三人で飯屋をやって居った。板前の助は如何やら京の名の有る料亭でしくじりをして、辞めさせられたらしい。
「なあ、助殿は京のお店のとうはんのおいどを撫でるてしもうて、辞めさせられたと言うのは本真か、気の毒な話じゃのう、わてのおいどならなんぼ撫でてもかまへんえ」
「お前の尻を撫でたがる男等、此の辺には一人も居らぬわ」
「お父っつぁんどないしゃはったん」「ちょっと眩暈が」「後は儂がしますで、休んで下され」
「なあ、助殿、真魚板の鯉て潔い事の例えにも成って居るが、あれは本真か、あんたら影で悪さして、鯉を気絶さして居るので有ろうが、白状せい」「口の悪い女子じゃ」
「どうしゃったん、腰でも痛いのか、腰の使い過ぎか」
 娘は未だ宵の口だと言うのに店仕舞いをする羽目に成ってしもうた。仕込んだうどんが無駄にあい成った。娘が飯屋の暖簾を下ろして居る時に。
「これ、娘、もう仕舞か」「板前が具合が悪る成ってな」
「無理を言うがのう、何か食べさせて貰えぬかのう、儂一人なら我慢もするが、客人を連れて居るでな、礼は致すがのう、土手南京の一つや二つは残って居ように」
「わての作る料理でもかまへんか、お父っつぁんにしかられたら、かばってくれるか」
 娘は厨房で何やら蒸しだした。
「さあー出来たで、わての作った料理に吃驚こいて尿垂れせんようにな」
「これ、娘、ちょっと此処へへたれ」「何じゃ、偉そうに」「此れは一体何じゃ、茶碗蒸しか、うどんか」「わてがさっき思い付いた料理でな、茶碗蒸しにうどんを入れるのが、みそじゃ」
「思い付きの料理を儂らに出したのか」「文句なら、食らってからにしておくれやす、見てくれが悪くても美味しい料理は幾らでも在ろうに、是非にと申されたから作って遣ったのに」
「儂一人なら此れでも良いが、客人の手前、もっとましな物を作れなんだのか、儂の立つ瀬が無いぞ」
「これ、坂井、娘を叱るで無い。娘の申す通りじゃ。空腹の時に食する料理は、如何の様な物でも美味成る物ぞ、早よう貴方も食してみ、中々のものぞ、余は満足じぁ」
「・・・」
「名は何と申す」「わての名はおまきと申します」「貴方の名では無い、此の料理の名じゃ」
「まきともうします」
「おまきの考えた、まき料理か、変な名じゃのう」
「お前さまは言葉使いがすこし変じゃのう、『余は満足じゃ』だなんてまるでお殿さまのようじゃ、この土手南京が」娘は事も有ろうに客人の頭を叩いてしもうた。
「これ、娘、何て事を致す、此の方は、其の殿様じゃ」
「えらいすみまへん」娘は平伏してしまった。
「よかよか、娘のした事を叱る様な、余では無い」
「どうした」
「すみまへん、ちょっとはばかりに」娘は尿垂れしそうに成り厠に駆け込んだ。
「お父っつぁん、大変なしくじりをこいてしもうた、謝って下され」「何んじゃと」娘は泣きついた。
「お殿さまの頭を叩いてしもうた」
「女房が死んでから、男手一人で育てたもので、躾が出来てしまへん、娘のしくじりは親の儂の責任、責めは儂が受けますで、娘の命だけはおたすけを」暫くして助殿もやってきて。
「腰が痛くて一寸の間、女房に店を任したのが間違い、女房のしくじりは亭主の責任、責めは儂が受けますで、女房の命だけはおたすけを」
「酒井、聞いたか、此れが民の心ぞ、政も此の様に有りたい物じゃのう、目から鱗が落ちた思いが致すぞおまきは一人者だと思って居ったが、亭主が居ったか」
「女癖の悪い、助と申す土手南京じゃ」「貴方も土手南京か、余も土手南京じゃそうな、気が合うのう」「助とやら、女房のおまきを大事に致せよ、貴方は果報者じゃ、今日は珍しい料理を戴いた、礼は後日致すで、門限が有るのでな、先を急ぐで此れで失礼致す」「おまき、世話に成った、御代は此処に置くぞ」「お殿さまにも門限が有りまするのか」客人が帰ってしまってから。
「さっきお前さまは変な事を言い居ったのう、何時の間に、わてはあんたのおかみさんに成ってしもうたんじゃ、あれはわてを救う為の方便か」「そう決めたから言ったまでの事、空言では無い」「わての意向は聞かんのか」「文句を垂れるな」「口の悪いて亭主じゃ事」「まあええか、仲か良うしょうな」
 数日後に彼の時の御礼にと一点の殿様直筆の額が届けられた。額には。
<口は災いの元、軽率な事は決して申すまじき事>と書かれて有ったとか。              助殿は其れを家の家訓にしたのでは有ったが・・・。
 助殿の女癖の悪い病はぴたっと治ったが、おまきは未だ懲りなんだか、口の悪さは相変わらずじゃったそうな。おまきはやがて子を四人も産み、八十六歳で亡くなるまで其の事が、亭主殿を悩まし続けたそうな。いやはやおまきと申す女子は。

              2005−05−14−34−OSAKA

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