赤足袋

 河内の国の出の数子は嫁いで三年もやや子が出来ずに実家に戻された、亭主が種無し南京で有ったので有る
「御女中、如何なされました」
「わてに構わずに行って下され」
「此れは酷い、白足袋に血が滲んで赤く成って居るではないか、此れでは痛くて歩けまい」
「真に親切に甘えたいですが、後が怖いでな、親切めかして悪さを為る魂胆で有ろう」
「武士は御女中に悪さ等せん、こんな身なりをして居るが、密命を受けて諸国を探って居る」
「真の隠密なら軽々しく隠密だとは口にせぬと思うがのう」
「隠密では無いが似た様な仕事を」
「腰のものはどうせ竹光で有ろうが」「竹光では無い、これは肥後の同田貫で見栄えは悪いが良く切れる、牛の首も落とせる」
「ホーウ、法螺は吹いた者勝ちか」
「難儀な事じゃのう、馬子も駕籠かきも来そうに無いし、宿迄わしが負ぶって差し上げよう」
「そんな、子供見たいな恥ずかしい事が出来る訳が無かろう、戯けた事を」

「一寸降ろして下され」「如何なされた、憚りですか」
「誰も来ぬか見張ってて下され、人に見られたら恥ずかしい」
「真逆、畦で用足しか」

「又、御無礼仕る」

「真に御気の毒ですが、川止めの影響で何処の宿を探されても空部屋は有りませぬと想いますが」「わし丈ならなんとでも成るが女房連れでは野宿も出来ぬぞ」「ぜひにと仰るなら無い訳では御座いませんが少々御高く成りますが」「人の足元を見居って」
「番頭、此処は蒲団部屋ではないのか、高い宿賃を取って、武士を蒲団部屋に寝かせる気か」
「他の部屋は皆相部屋を御願いして居ります居ます、中には夫婦でも無いのに夫婦を装う良からぬ客も居ますでな」
「御前さま、贅沢を言うで無い、わたくしは速く横に成りたい」

「御女中、白足袋位新しいのを買われてわ」「繕えば未だ履けます」
「これ、番頭、蒲団が一流れしか無いが真逆、一つ蒲団で二人を寝かす気か」
「夫婦の方は皆一つ蒲団で寝て貰って居ます」「何と言う宿屋じゃ詐欺紛いの商売を為居って、強欲な」

「御女中は大坂の河内の出かいのう」「何故判った」「河内弁が少々、端々に、河内と言えば佐太村の天満宮が有名じゃのう、わしも一度参拝したことが有る。蕪村も確か句を詠んで居ったな、窓の灯の佐太はあだ寝ぬ時雨かなだったかな」
「人形浄瑠璃の文楽の菅原伝授手習い鑑にも佐太村は出て来るえ、鑑て手本の事え。白太夫の祠も祀られて居るえ、淀川を上り下りする舟人は皆鳥居の向かって拍手を打って拝礼するのんえ」
「早く佐太に帰りたい、村の周りの下田や蓮田が懐かしい」

「散々御世話に成ってこんな事を言うのは心苦しいが、そなたに言い聞かせる事が有る、寝て居る最中に寝惚けて変な事を為るで無いぞ」「わしは寝小便等垂れぬぞ」「屁位御女中も為るだろうが」
「そんな話では無い。世の中の男子は寝惚けて女子の御乳を弄ったり、御尻を触ったり、恥ずかしくて口出来無い様な事を色々為るから言って居るのじゃ」
「武士はそんな破廉恥な事はせん」「為るからあんたが生まれたのじゃろが」

「何時までわての御乳を弄たら気が済むのじゃ」侍は夢現で御女中の御乳を触って仕舞って居る自分に気が付居た。
「呆れ果てた男子じゃ、あれ程約束して置き乍」「怒ったのか」「一寸、憚りに」
 侍は御女中の御乳を触って仕舞ったばっかりに長い道中の間、遣りたい放題の夫婦ごっこに付き合わされる羽目に成った。やがて財布も底が着居た。

「ほな、さいなら」嫁いで三年経ってもやや子が出来無い事を理由に理不尽にも離縁されて実家に戻された数子にやや子が出来て両親を悩ました。やがて数子は玉の様な元気ば男子を産み落と為た。父無し子で有った。世間の恥晒しでも有った。其れから何年か経った或る日の夜更けに馬に乗った立派な武将が道に迷って難儀を為て一夜の宿を求めて遣って来た。あの時の貧乏侍で有った。やがて数子は御武家に見初められ御内儀に納まって幸せに一生を暮した。贅沢な生活は出来ても足袋は大事に繕って履く事を忘れ無かった。









          2008−10−06−369−01−01−OSAKA



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