鬼の霍乱

 むかし、むかし、あるところに、ひごろめったに病気などになったことのない元気な炭焼男がおったそうな。ところが、或る日、其の男、平助殿は変な熱病に罹ってしもうた。困り果てた御婆さまは遠縁の娘おしのに看病をさせて、自分は湯治に出かけてしもうた。
 おしのは平助殿の病が一向に良くなら無いのに悲嘆に暮れて居た。薬草を探しに山に入ったり。神仏に祈願をしたり。密かに御百度参りもして見たが、効果無く日に日に容体は悪く成るばかりで有った。如何やら平助に惚れて居るらしい。平助が最早助かるまいと思ったおしのは。
「何か言い残して置く事は無いのか、遺言は無いのか」
 小心者の平助殿も自分の死期を悟ったのか、焼いて居る炭の様に、おしのへの想いは燃え揚がっても、恥ずかしくて恥ずかしくて決して言え無かった、おしのへの思いを告白してしまったので有る。
「儂は、おしのが好きで好きで堪らんなんだ、夫婦に成れなんだのが残念で残念で成ら無い」
 おしのへの思いを終に打ち明けてしもうたので有る。自分と同じ思いで有るのを知って、尚更、平助を死なせる分けには行か無く成ったので有る。
 堪り兼ねたおしのは医師に泣き付いた。
「何とかして下され。此の儘では平助殿は助からぬ、お金な事なら一生働いてでも何とかしますでな」
「其処まで言いなさるかのう」
「最近、南蛮の新薬が珍しく儂の手に入った、儂も未だ使った試しが無い、南蛮ですら未だ正式には認めてられては居らんのだがのう、犬や猿では効くらしいがのう、効くかも知れないし、効か無いかもしれない、全く分からんのじゃ、兎角良く効く薬は副作用が出る物じゃ、頭が禿げるかもしれんし、男のやくが立た無く成るかもしれん。其れでも、一か八かやって見なさるか」
 薬は何故か不思議と効いたので有る。熱も次第に下がり、三日もしない内に平助は意識が戻ったので有る。
 如何やら、意識を失って居る内に、家の中が変わってしまって居た。おしのは寝ずの看病に疲れたのか傍で死んだ様に寝て居った。おしのは如何やら女房に成った積もりで居るらしい。
 死ぬと思って愛を告白してしまったのに、生き返ってしまっては可笑しな事に成ってしまったので有る 結局、おしのと夫婦に成る羽目に成った。
「お前さまは命が助かって、本に良かったのう」
「余り、嬉しそうじゃないのう、折角貰った命に不服を申せば、罰が当たりますぞ。極楽浄土とは其れ程良い処で在ったかのか」
「其んな処へは未だ行っては居らん」「極楽浄土等在りはせぬ、彼の世等在りはせぬ、人の作り事じゃ」 更に、二日もせん内に平助は厠に立てる様にまで成った。
「厠か、無理するで無い」
「こら、又、お尻を触り居ったな」                                おしのは病気の後、平助が急に御尻を触りたがるのには閉口した。或る日医師に相談に行った。
「其れは、薬の副作用では無か、病気が治って生来の助平心が出た丈じゃ、元気に成った証拠で何よりじゃ、早ようややを儲ける事じゃ」
「おしの、前が汚れて居るぞ」「え、何処が」「此処」「あー、今、何処を触り居ったのじゃ、お前さまの悪い病気は何時に成ったら治るのじゃ」おしのは呆れ果ててしもうた。
「のう、平助殿、わて等は未だ祝言も挙げて居らぬのに、此の様な生活を続けて居って、世間の人は、淫らな想像をして居るで有ろうのう」
「此の様な事か」
「こら、何をする、恥ずかしいではないか」平助は又叱られてしもうた。
「如何しやった、出来ぬのか」如何やら熱病のせいで出来無いらしい
「したいのに、出来んのか」
 又又、おしのは医師に相談した。
「熱病のせいかもしれん、良く有る事じゃ、気長に待つ事じゃ」
 更に何日か経って、突然に御婆さまは帰って来てしもうて、二人が夫婦ごっこをして居るのを知って呆れ返ってしもうた。
「おしの、此の様は何じゃ」おしのは散々にしかられてしもうたので有る。
「これ、何処へ行く」「一寸厠に」「しょう事の無い娘じゃ」何ぼ叱られても堪え無いらしい。
 百日紅の花が見事に咲く年は、何やら不吉な事が良く起こるらしい。其の年も其れは其れは酷い猛暑の夏で、里芋も花を付けてしまい。大風が吹き荒れ。大雨が降り。地震が揺った。熊も里まで降りて来た。 其んな気の強いおしのでは有ったが、或る日、山で熊に襲われてしもうた、木に登って叫んで居る所を平助に助けて貰い、九死に一生を得たが、恐怖の余り腰が抜けてしもうたので有る。
「御願いじゃ、尿垂れしてしもうた事は御婆さまに丈は内緒にして御呉れ、わては恥ずかしい」
 炭焼きの番小屋に着いたら、平助は又悪い病気が出てしもうた。
「如何しやった」二人は初めて結ばれてしもうたので有る。やがておしのは身篭ってしまい、仕方なしに御婆さまは二人の祝言を挙げさせたので有る。おしのは四人の子を産み落としたが、平助の悪い病気には悩ませら続けたそうな。平助が七十八歳に成って年、平助は又、変な熱病に罹ってしもうた。医者が新しい薬が手に入ったから、一か八か試してみなさるかと尋ねたら。
「いや、もう新しい薬はよか、又、変な副作用が出たら困るでな」「・・・?」
 いやはや、おしのと言う女は、平助の悪い病気は薬の副作用のせいだと死ぬまで思い込んて居ったそうな。
              2005−06−07−38−OSAKA

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