笹舟

 良く晴れて気温が上がった七月の次の日、蝉の初鳴きが始まった。蝉の鳴き声で条件反射か暑く感じる夏の午後で有る。暑い日は誰しも水辺が恋しく成るもの、大人も童に戻って笹舟を作ったりで有る。
 笹舟は自分で遊び道具が作れる手本でも有る。笹の葉を両端から適当な所で折り曲げ、二つの切り目を作り両側の切片を真ん中に通す丈で有るが小船が見事に出来る。原動機を搭載為無いので流れに翻弄される運命でも有る。時に川中の小岩に当たって難破で有る。儘成らぬ此の世の世間の荒波に翻弄される人生の如くでも有る。艱難辛苦の象徴でも有る。
 日本には花浮き橋と言う美しい言葉が有る。春爛漫、満開が過ぎた桜は花吹雪と成って花びらを水面にも落とす。花びらが繋がって花浮き橋を作る美しい情景でも有る。襖の図案に使いたい題材でも有る。川は流れの穏やかな所ばかりでは無い。時に渦の逆巻く急流や滝も有る。人生も事故や病気、突然の配転等も有る。恋有り失恋有り、出会いと別れ、誕生と死有りで有る。                   昔、運河を珍しい藻切り船が定期的に運航為て居た事が有る。藻を切って運河を良い状態に保つ為でも有る。運河が農業用水の大切な用途も有る。上手に投網を打って雑魚を獲る人、電気で雑魚を獲る危険な漁法も有った。世界には爆弾を使ったり、木の根の毒での漁等とんでもない漁法まで有る。
 映画アフリカの女王は高慢で信仰深く鼻持ち成ら無い女性がぐうたらな汚い船頭と協力し合って川を下って行く間に引かれ合う映画で有る。舟が人生の艱難辛苦に象徴されて居る。舟が葦原に迷い込み動かなく成って仕舞い。蛭の居る汚い泥の川に入って引く羽目に。人生の絶望、疲労と飢え、熱病ふるい。カメラが引いくともう少しで大きな湖が広がって居る古典的手法でも有る。神に願いが通じたのか天空が曇り稲光が起こり、雷鳴が轟き、待望の雨で舟は自然に流されて湖に。小さな小船に手製の魚雷を積んで肉弾突撃に出るも舟は転覆して仕舞い二人は軍に捕まって仕舞う。船長は公海上では裁判や死刑の執行や結婚式と大忙しで有る。転覆した舟の手製の魚雷に汽船が衝突して大騒ぎに成り。二人は辛くも脱走に成功。 古代の人が粗末な葦船で大海原を航海した言い伝えも有る。実際に葦船で航海を検証した例も有る。海流や季節風を利用して釣りをし乍の航海と成る。元の所には戻れるとは限ら無い冒険の世界でも有る。目標と成る物が何も無い大海原では羅針盤が出来る迄は太陽と星が唯一の目標でも有る。
 近年、巨大なタンカーや航空母艦や豪華客船も多数造られて居るが、巨大船の欠点は直ぐに止まる事も曲がる事も出来無い。其の為に海難事故も有る。衝突した時には漁船等の小さい船が沈む事が多い為に何時も悪者に成る。戦艦とも成れがペンキが剥がれる程度で有る。見張り役が注意義務を怠った事にされる小さい方が回避するだろうとの思い込みも有る。
 タイタニック号が氷山に処女航海の時に衝突し沈没して多くの犠牲者が出たが、処女航海の為に歴史に名を残して居る。全てが新品で有ったので有る。ピペット工法の悲劇でも有る。以後教訓に溶接工法に変わった。新しいSOS信号が使われた事でも有名で有る。見える所に居ながら救助に向かわ無かった船が有った事が映画等では良く登場為る。
 海難事故は冬は大変で有る。冷たい海水温度では泳法の達人でも限界が。浜の女が凍えた遭難者を自らの体で温めて命を救った美談が残って居る所も有る。夏でも鱶の襲撃等も有る。何日も海で漂流してやっと他くけられ乍、ホットして死んで仕舞う悲劇も有る。気付けに業とひっぱたいたりで有る。
 大型船も大海原を航海して居る時は殆ど問題も無いが、狭い海峡や速い潮流の所や狭い湾内や、着岸は至難の業でも有る。熟練した水先案内人が無線で確認を取り乍操舵を代行為たりで有る。直ぐに止まれ無い丈に岸壁に衝突為たりで有る。
 最近は原油を満載した超大型タンカーも日本に寄港する原油を降ろした後のバラストが問題で有る。通常海水を積む事と成る。海洋生物も海水と一緒に積まれて仕舞う事と成る。日本の海洋生物が世界中の海に捨てられて繁殖して居る。生態系に異変が現れる事と成る。天敵の居ない地で大繁殖する場合も有る。 私は宇宙人に会ったとテレビで公然と発言して居るのを聞いた事が有る。宇宙人の書いた文字だと暗号の様な怪しげな文字も公表された事も有る。2001年宇宙の旅の様な惑星間飛行は未だ先の夢の話で有る。2001年はもう過ぎて仕舞ったが。御金の掛かる事は実現も遅いが携帯電話等の進化は想像以上に進んで居る。銀河系宇宙に居るのは人丈なら余りに侘しいが確率的には他の銀河にも居る公算は強い、大宇宙には何千もの宇宙人が居る公算では有るが宇宙は其れ以上に広い為に出会う事は永遠の時をもってしても皆無で有る。しかし、宇宙人が居ない事を立証するには大宇宙の隅々まで調べ回る必要が有る。其の点宇宙人存在説を唱える人は宇宙人が遣って来るのを只管待って居れば良い、其の内痺れがきれて妄想が一人歩きを始める。映画等では宇宙人を業と醜悪に描いた物も多い。観客の優越感を煽る為でも有る。七夕には笹に願いの書いた短冊を吊るすと願いが叶うそうな。中国の織姫伝説は年に一度位逢わせて上げたい人情の世界で有る。竹取物語に登場する宇宙船も何故か当時の乗り物風で有る。叶わぬ夢を見るより現実の世界に目を向けた方が得策の様でも有る。不自然な動きを為る程UFOらしく見える、中に誰かが乗って居たらとは誰も考え無いので有る。子供の頃、電球のソケット内で配線が短絡して青白い火の玉がソケットから飛び出した事が有った。球形の雷も実際に文献には有る。球形の雷をUFOと見間違えるのも当然では有る。人工衛星や隕石の落下も有る。実際にUFOを見ても奇人、変人と思われたく無いので人前では喋らぬのが普通で有る。幻覚で見た事をテレビで自慢気に言って仕舞っては末代迄の恥で有る。変人を平気でテレビに出すテレビ局の愚かも有った。
 宇宙の珍事に皆既日食が有る。昔は御寺に集まり念仏を唱え不吉な災いが通り過ぎるのを祈ったもので有った。鳥までも夕暮れと間違えて巣に戻ったりで有る。珍事では有るが何の実害も無い。皆既日食を見るツアーも有るが、天気次第で損を為る事も当然有る。                      

            2009−07−01−415−01−01−OSAKA


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