黄土色の薬

 日本では薬の多くは清潔な感じのする、白色の薬が多い。賦形薬の多くが白色で有るのが原因では有るが、主薬に限れが必ずしも白色が多い訳では無い。中には黄土色の薬も有る。
 天一と称する其の男は薬を飲む前に錠剤を良く観るのが日課で有った。或る日、白い錠剤に毛が入って居るのを見つけよった。天一は文句百垂れ言って大騒ぎに成った。製薬会社は薬務課と相談し其のロットの製品の自主回収を決め、天一の下に手土産を持って遣って来て、平謝りに謝った。天一は天王に成った様な気に成って居った。
 製薬会社は一本の毛の為に、莫大な回収費を使う羽目に成ったので有る。
 其れからと言う物、薬を飲む時は、占い師が人相や手相を観る時に使用する特大の天眼鏡で、錠剤の隅々まで観るのが日課と成った。果物の中に大きな種が入って居ても気に成ら無い人が、錠剤に付いて居る黒や茶色や黄土色の点の様に小さい異物に気に成るのは不思議の限りでで有る。天一も葡萄は種ぐち飲み込んでしまうし、西瓜の種も余り気にし無いので有ったのに、薬の小さい異物には文句百垂れ言出だすので有った。
 人は薬に拠って、痛みや苦しみ死から救われた恩を忘れ、文句百垂れ言出だすので有る。
 或る日、変な熱病に罹ってしまった天一は病院に入院する羽目に成った。病院で渡された薬を見て、吃驚してしまった。汚らしい糞の様な黄土色の錠剤で有った。
「此の薬は特効薬じゃけん、必ず飲む様に」医師は念を押した。
 何時まで経ても治ら無いのは薬のせいだと思った天一は薬を飲んだ振りして便所に捨てて居ったそうな 更に、酷い事に黄土色の大量の液剤の薬の余りの苦さに閉口した、飲むのを嫌がる患者が多いのか、医師自らが無理矢理飲ましに来たので有る。
「良薬は口に苦しじゃ」
 奇妙な熱病では有ったが、其の黄土色の薬は特効薬で大抵の人は治ったので有る。其の薬を飲むのが嫌で嫌で堪ら無かった天一は、或る日、病院を密かに抜け出し、裏山に迷い込んでしまった。熱病のせいも有り、帰り道を間違え、どんどん奥山に入り込んでしまったので有る。
 病気はどんどん悪化し、激しい高熱と下痢に悩まされ。悪寒に振るえて居った。夜の冷え込みは厳しく狐や狸や野犬でも居るので有ろうか、何やら怪しげな野獣の気配が。最初は焚き火をして暖を摂るて居ったが、非常にも雨が降って来た。次の日、洞窟を探し廻って居る内に足えを滑らせ谷に落ち、足を挫いてしまった。猟師ですら滅多に来無い、奥山迄来てしまって居たので有った。
 天一は熱病の為に動け無く成り、終に命が絶え死んでしまい、誰にも見つけてもらえずに野晒しと成ったので有る。軈て腐りだし、周囲に異臭を漂わせ、蠅が集りだし、其の内蛆がわき出し、腐乱し軈て白骨と成ったので有る。
 妻の良子は、夫の多額の生命保険を手にし、こつこつと長年貯めて居った預貯金も自分の物にし、天一の建てた自宅も売って終い。半年後には別の男と再婚してしもうた。良子は其の男との間に六人もの子を儲け幸せな人生を送り。天一の事等すっかり忘れてしまって居た。
 死んでしまっては生きた蛆にも劣るので有る。
 鈴木家の天一の法事に集まった四人の兄弟、親類達は。
「本真に阿呆垂れや、薬さえ飲んでたら死なんですんだのに」
「これを最後の法事にせいへんか、時間の無駄や」
 妻の良子は法事には終に来無かったので有る。



















              2005−07−10−50−OSAKA


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