海の贈り物

 夜中嵐で有った。海は大時化で有った。朝に成って嵐も治まり。かって海女でも有った女は海の様子を見に浜に出た。浜に打ち上げられた、昆布や若布の中に赤子が捨て子されて居たので有る、産み落とされた儘で未だ臍の緒が付いて居った、何んと言う惨い事が。
「何と言う事じゃ、どんな事情が有ったんか知ら無いが、犬畜生でも此んな惨い事はせんぞ」
「未だ生きて居る、女の子じゃ」
 女は赤子を抱き抱えて家に帰って来た。「浜に捨て子が」
 女は女の子が欲しかったのに、四人もの男を産み落としてしまった。御腹にはややが宿って居ったが又男の子の様な予感がして居った。如何しても女の子が欲しかったので有る。
「しかし、其の子を引き取るか如何かは良く考えるべきだぞ、其方にもう直生まれる子が、女の子なら何とする、誰しも我が子の方が可愛いに違い無い、其の内、其の子が疎ましく成るに違い無い、其の子が可愛そうでないか」夫は妻を諭した。
「嫌じゃ、嫌じゃ、もう殺されても手放なしたく無い」と女は駄々を捏ね自分の子にしてしまった。
 やがて、女房は玉の様な元気な男の子を産み落とし、二人の子に乳を与えても未だ余る程良く出たので有る。亭主の心配する様には成ら無かったので有った。
 やがて、年月が経って、赤子は善き娘御に成った。同い年の姉弟は人も羨む様に中が良かった、まるで夫婦の如くに。
 其の娘民子に縁談が話しが持ち上がったから弟の五郎は慌てた。
「民子と夫婦に成る」突然言い出した。「馬鹿だね御前は、姉弟では結婚は出来無いんだよ」
「姉弟ではあかんのんか」「民子ちゃんは如何なんや」
「うちも夫婦に成って、今までの恩を返したい」「何やて」
 網元の一人息子憲太は何処で民子を見初めたのか、如何しても嫁にしたいと駄々を捏ね。
「民子、御前は弟と夫婦に成りたがって居ると言う噂を聞いたが、姉弟で夫婦に成ったら血が濃すぎて変な子が生まれるねんで。犬畜生のする事やで、俺の嫁御に成れ」強引に結婚を求めるので有った。
 或る日の事、五郎が見付けた洞窟で。
「うち等本当に姉弟なんやろうか、姉弟なら顔がもっと似ても良さそうなのに、うちは貰い子なんやろうか」「なんて事を言い出すんだ」「でも貰い子やったら結婚出来る事に成るわえ、御母はんに『貰い子か』て聞いたらあかんで」姉は弟に釘をさした。
「如何した、気分でも悪いのんか」「尿がしとう成った、此処で放てしもうても良いか」
「此処でするのか」娘は尿をし乍。「御前様は、子供が欲しく無いか」と甘えて見せた。
「今、何をしよったのじゃ」五郎は民子を犯してしもうたので有る。
 夕食の時に。又、父親の愚痴が始まった。
「困った事に成った、又、婚因のやいよやいよの催促じゃ。色々世話に成って居るし、無碍に断る訳にも行か無いし、困った物じゃ」
「今日、民子と夫婦に成ってしもうた」突然五郎は喚いてしまった。「何やて」「してしもうた」「何やて」「やや子が出来るかも知れへん」「何やて」
「民子と結婚する、民子は貰い子やさかい何の問題も無いやろ」五郎は言ってしまったのである。
「誰がそんな阿呆な事を言うた、此の馬鹿者」頭に拳骨が飛んで来た。
「うちも女の子が欲しい」「何やて」
 或る日の事、上品な貴婦人が、民子の祖父に会いたいと遣って来て。亡く成ったと聞いて、是非に仏壇を拝ませて欲しいと言い出し、座敷に上がり込んでしまった。暫く拝んで居った。御茶を運んで来た民子を見て。
「其方が民子様か、大きく成って、善い娘に育てて貰って」「何処から来られました」「西国からじゃ」「あ、其うじゃ、民子様に御土産を上げよう。ただの貝殻じゃが、悲しい時に取り出して眺めると良い、きっと心が落ち着くで有ろう」見事な袋に入った巻貝で有った。
「民子、儂との縁談を断って、弟の五郎と結婚するのか。儂は其の辺の阿呆な男とは訳が違うぞ、民子が捨て子で有ったのを知っての上での縁談じゃ、五郎が捨て子だったと知ったら何と言うで有ろうかのう」 民子は生まれて初めて悲しい思いをしたので有るった。自分が捨て子で有る事を知ってしまった。
 民子が袋から貝殻を取り出し、貝殻をくれた実の母にも思えた婦人の事を思い乍泣いて居った。
「民子泣いて居るのか」「網元の一人息子か」「憲太さんと又喧嘩したのか、何か聞かされ無んだか」
 急の嵐で有った。海は大時化で有った。父と四人の兄達の乗り組んが漁船が遭難したと言う知らせが。五人もの家族の命が危ぶまれたので有った。おろおろするばかりの母。役立たずの五郎。
 民子は突然吐いてしまった。如何やらやや子が出来たらしい。
「うちが海神様に御願いして来る」「こんな嵐の中で出掛けるのか」
「如何か、父と兄達の命を助けて下され。今まで捨て子で有った私を大事に育て上げた下された、恩を返す迄は、如何有っても死なせる訳には往かぬ。或る人から頂いた大事な大事な巻貝、此れを返しますよって、五人の命だけは御助け下され。五郎と夫婦に成って、一生掛かって恩返しを致しますよって。きっときっと願いを聞いて下され。御願い致します」
 母と五郎と民子は一本の蝋燭の火を囲んで嵐が通り過ぎるのをまんじりともせずに待って居った。
「如何した、憚りに行きたいのか。此の嵐では外に出られぬ。其処の肥担桶にしとき。恥ずかしがらずとも良い、其方はもう立派な家の嫁御じゃ」
 朝に成って嵐もすっかり治まった。民子と五郎は浜の見廻りに出た。浜に打ち上げられた昆布や若布の中に見事な巻貝が有った。
「御兄様達は大丈夫じゃ。海神さまは願いを聞き入れて下されたぞ」民子は叫んでしまった。
 二人が家に帰って暫くして、無事で有ったとの第一報が持たされた。三人は安堵したので有る。
 其の後、民子は一旦親戚の家に養女に成り、暫くして改めて五郎の嫁御として嫁いだので有った。やがて妻の民子は女の子を産み落とした。次の子も女の子で有った、更に次の子も女の子で有った。五人目でやっと男の子を産み落とし、跡取りがやっと出来たので有った。責任を果たしたので有る。
 民子は親孝行に努め、生涯を掛けて恩を返したので有った。


              2005−09−23−69−OSAKA



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