代理妻の一大事

 住宅販売業者は誤記に依り、或部屋を二重に販売してしまった。二人の男女は別の部屋が空く迄の間、珍奇な共同生活を強いられたので有る。
「間違いでしたではすまぬぞ、御金も払ってしまって居るし、男と女が共同生活をして、万が一間違いでも起きたら何とする」
 女はそこそこの美人では有ったが守銭奴で有った。御金を貯める為なら何でもするつもりらしい。
「お金さえ頂ければ、お食事の用意、お掃除、お洗濯、お買い物、日常雑事、其の他色々とお手伝いさせて頂きますが、きっと御満足頂けると思いますが・・・」
 女は一回食事の用意をしてはなんぼ、一回洗濯してはなんぼ、一回掃除してはなんぼ、一回買い物に行ったらなんぼと、請求書を切ったので有る。御金の事で辛い目に会った事が有るらしい。
 男は女の仕事振りには不満は無かったが、請求書丈が貯まって行った。給料日には支払わなければ成ら無いので有る。一回の値段は安くても、回を重ねれば可也の額と成った。
「其方は私が女で有るので、色々遠慮して居る様だが、此の部屋は其方の部屋でも在るのだ。屁もこけぬ凛乎もかけぬでは嘸かし窮屈で有ろう。私は気にせぬ、遠慮は要らぬ、したいようにするが良い。私もおならがしてみたい」「可笑しな女子じゃ」
「其方は、女と一緒に暮らして居ても、催したりはし無いのか、病気か」
 深夜には深夜割り増し料金を、休日には特別料金で請求書を切ったので有る。
 請求書が増える事以外は普通の夫婦と何も変わら無かったのだが。
「そんなにお金を貯めて何するのか」如何やら人に言え無い過去が在るみたいです。
「親元へ仕送りをしなければ成ら無いのでな、娘を預かって貰って居ますのでな」
「子供が居るのか」「前の主人の娘が一人」「儂と同じか」「其方も居るのか」「息子が一人」
 女は金曜日の夜丈、乱れてしまうので有った。金曜日には辛い思い出でも在るので有ろう。
「泰平殿、一大事で御座る」「酔っ払うて居るのか」「尿垂れがしたいが立てぬ、手助けしてたもれ」
「のう、宇宙に始まりが在るのは分るが、其の前には何が在ったので有ろうかのう、不可思議じゃのう」(一部省略)「其方、昨晩何かせなんだか」
 又、次の金曜日も。「泰平殿、一大事で御座る」「又、酔っ払うて居るのか」「尿垂れがしたいが立てぬ、手助けしてたもれ」「のう、人は死んだら何処へ行くので有ろうかのう、彼の世等、無いので有ろのう、人は真面目な顔して嘘を吐いて居るので在ろうのう」
(一部省略)「其方、昨晩何かせなんだか」
 又又、次の金曜日も「泰平殿、一大事で御座る」「又又、酔っ払うて居るのか」「尿垂れがしたいが立てぬ、手助けしてたもれ」「のう、真の心とは何で有ろうかのう、男なら女と睦みたいと願うのが普通で有ろにうのう、罪深い話で有るのう」
(一部省略)「其方、昨晩何かせなんだか」
 女は御金を数え帳面に几帳面に何やら付けて居た。余程金儲けが愉しいらしい。
 或日に「今日は嫌」「月の物か」「前の夫の命日なのでな」珍しく女は拒んだ。
「難儀な人だ事、明日迄何故待て無いのですか」「特別割り増し料金を頂くが良いか」
 或日、泰平は風邪で寝込んでしまった。「深夜労働は割り増しして頂きますわよ」
 女の献身的な看病に何時しか愛しく思ってしまうので有った。
 或日、泰平の別れた女房が子供を連れて遣って来て、女の仕事振りを見て逆上し、子を残して帰ってしまった。女はひっぱたかれてしまったので在る。
「彼の様な母親でも、やはり愛しいで有ろうにのう、帰りたいで有ろうのう」
「何と!帰りたく無いのか、母親ぞ」「おばちゃんでもがまんする」
「泰平殿、一大事で御座る」「又、尿垂れしとう成ったか」「お父ちゃん」
「出来ませぬ、出来ませぬ、幾らお金を積まれても、母親の代理までは出来ませぬ、自分の娘も、面倒見かねて居るのに」三人の珍奇な共同生活が始まって暫く経った或日に。
「知り合いの結婚式に出て貰われないかな」「私が!」「人を騙すのか」
 普段は前掛け姿の女も、留袖に正装すれば中々の者ので在った。華麗な結婚式場では見事な贋夫婦を演じたのでは有る。勿論、高額な請求書をチャッカリと切ったので有る。
「娘を引き取りたいが、良いですかいな」子娘は一人で電車に乗って遣って来てしまった。
「泰平殿、一大事で御座る」「又、尿垂れしとうなったか」「貴男が私の新しい御父様なの」
 子娘は繁々と泰平を見た。どうやら我慢出来る様で有った。
 御老成な小娘との四人の珍奇は共同生活は始まって暫くして。
「業者の人がもう直ぐ空き部屋が出来そうだってよ、此の様な生活ももう終わりだわね、良かったわね」「嫌じゃ、嫌じゃ、お金なぞ要らぬから別れたとうは無い」「母さんたら、子供みたいに駄々を捏ねてみっともない」呆れ返る子娘。
「泰平殿、一大事で御座る」「又、尿垂れしたいのか」「お父さんたら、よっぽど母さんの尿垂れが好きなのね」女は吐いてしまった、どうやら悪阻で有るらしい、御子が出来たらしい。
「恥ずかしいですわ。如何致しましょう。困りましたは私。ややが出来たみたいです」
「恥ずかしい。良い歳こいて、避妊の仕方も知ら無かったの」呆れ返る子娘。
 やはり、間違いは起きてしまったので有る。
「観念して、結婚したら、夫婦で御金を取るなんて可笑しいわ」「私達今日から姉弟よ、仲良くしましょうね」姉弟は手を繋いで遊びに出かけて行ってしまった。残された二人の同居人は一体何を話し合ったので在ろうか。
 幸恵殿は何を思ったのか、山の様に溜また請求書を屑篭に捨ててしまった。明日から死迄までの只働きの煉獄が待って居るだろうに。愚かな!

              2005−05−03−30−OSAKA


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